どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《戦後70》広島巡礼後①-山陰路へ、出雲路へ/ 中国山脈の分水嶺を越え、伯耆大山と出逢う

-No.0643-
★2015年06月26日(金曜日)
★《3.11》フクシマから → 1569日
    (高倉健没から →  228日
★オリンピック東京まで → 1855日


◆自動車交通時代の到来

 広島巡礼は、呉まで。
 ここから先の道中は、旅仕掛け好きの戯れ。
 そのおつもりで、どうぞ気楽に、おつきあいください。

 山陰路へ、出雲大社に参拝を思い立ちました。
 いったん広島に戻って、新幹線で岡山に出て、特急「やくも」に乗り継いで。
 「やくも」は、また山陽本線倉敷まで戻って、伯備線へ。
 これで、中国山脈を越えて行きます。

 海を眺めながら、ずっと沿岸を行くのもいいものですが、こうして山越えも「やまと」の典型的な原風景、分水嶺を越えて行く道中には”日本むかし噺”の懐かしさがあります。

 山陽路から山陰路へ、中国山脈越えのルートはいろいろありますが、鉄道ではこの伯備線が沿線の”ふるさと”らしさで白眉です。

 ただ、このたび、ずいぶん久し振りに乗った列車から見る風景は、交通事情の変化にともなって激変していました。

 目線を上に、山並みの方に向けているぶんには、ほとんど昔とかわらないわけですけれども、いちど近景に目を移すと、家々が、いやそれよりなにより道が、道路が、舗装も連絡もすっかり見ちがえるほどよくなってしまって、日本もこれでカンペキに自動車交通の時代。

 関西圏からの中国自動車道も、背骨の山脈の脊髄をつらぬくように通って…。
 山陽・山陰の沿岸部とも手をたずさえて…。

 これからの必然は、車社会にむけてのさまざまな取り組みと、いっぽう鉄道にとっては生きのこりを懸けた厳しい時代、まちがいなし。
 はっきりいって、観光路線化するしかないと思われます。

 特急「やくも」は、新見〔にいみ〕駅で姫路からの姫新線と出逢い、ひと駅おいて、備中神代〔びっちゅうこうじろ〕駅では広島からの芸備線と挨拶をかわして、岡山県から鳥取県へ、分水嶺を越えて行きます。

 鉄道を観光路線化するなら、たとえばこの辺りが見せどころ、イベント列車運行の仕掛けどころになるはず。

 ところが、いまの特急では窓も開かない、車内販売もこない、これじゃいけません。
 JR西日本は、頭の絞りどころじゃないですか。

 中国山地から下って、山陰本線と出会うのが伯耆大山〔ほうきだいせん駅。
 少し手前から、車窓に最高峰1729mの大山(伯耆富士)が眼前に迫り出してきます。

 この山は、ぼく、登ったことはありませんけど、好きな山です。
 厳冬季、きわだった長い氷雪の稜線を、光の刃渡りにして見せる曙光の写真…もう何年か前のカレンダー写真が気に入って、いまも飾ってあるくらい。

 本線に入った特急列車は、ぐんぐんスピード上げ、宍道湖を車窓にやりすごして、ようやく出雲市駅に到着。
 ぼくたちは、この日、半日以上を車内で揺られてすごしたことになります。