どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《戦後70》広島巡礼⑫-海軍の町呉の入船山記念館/洋館と和館からなるレトロな平屋建て空間の堅美

-No.0641-
★2015年06月24日(水曜日)
★《3.11》フクシマから → 1567日
    (高倉健没から →  226日
★オリンピック東京まで → 1857日






◆6月3日、未練たらしい雨

 呉に行ってみよう、と思いました。
 明治時代の旧海軍、鎮守府の置かれた頃からつづく軍港の町。
 江田島には、かつて世界でも指折りとされた旧海軍兵学校がありました。

 戦争のキナ臭い臭いは嗅ぎたくありませんが…。
 宮崎駿さんが”空に飛行機”なら、ぼくは”海に船”。
 潮の香にまじる機関の油くさいにおいが、ときどき無性に恋しくなります。

 この日の朝の、そろそろ梅雨っぽい、いっこうにはっきりしない、未練たらしい雨に、背を押されもしました。
 通勤時間帯の呉線の電車は、広島駅での乗り降りがあって、席に少しゆとりができましたが、海田市駅から山陽線と岐れて海側にそれても、昔のようにローカルにはなりません。
 窓外の瀬戸内の景色も、凪いだ海に音もなく雨糸が細いすじをひいて、薄墨ぼかしの眠たいような。

 小1時間、揺られて、呉駅に着いたら、ハッと目覚めたように乗客の多くが立ちあがって…ぼくらも一緒に降り、電車は一気にローカル色を帯びて走り去りました。
 呉は、いまも存在感ある街でした。

 ……でも、職場にむかう人たちが立ち去ってしまうと、もう声をかける相手もない。
 ぼくはすでに、江田島の旧海軍兵学校を訪れる覇気をなくしていました。
 (広島でのうごきが、ちょっと精力的にすぎたのかも…)

 駅から歩いて、入船山記念館へ。
 旧呉鎮守府司令長官官舎を復元した木造平屋建てのそこは、「しっとりといい雰囲気でしたねぇ」と、広島のタクシー運転手さんからもすすめられていました。

 イギリス風の洋館と明治の質実剛健そのままといった風情の和館とで構成された平屋建ては、なんともレトロ、お洒落で、凛々しい。
 ちょっとアンニュイな、この日の気分にもまっちしたひと時を、すごさせてもらいました。
 ついでに、ほかには見学する人とてなかったことも、さいわいだったことでしょう、こんなところで団体さんなんかと鉢合わせしたくはありません。

 洋館の、金唐紙貼りの壁もいい仕事を見せてもらいましたが、好きなのは和館のたたずまい。
 ガラス戸を連ねた廊下と、緑のほかなにもない庭とのとりあわせに、こよない風情がありました。
 むかしの板ガラスがまたよくて、微妙に平面が波うっているわけですが、それが水の面の「たゆとう」趣きで、とてもすてきな味わいなのでした。

 照明もよかった。
 ぼくは、「明かり(灯り)とり」につよいフォト・イマージュをそそられる者ですが、この館の照明にも、もの思いに耽るよさがありました。
 雪国の雪が人の思念をシンと深めるように、ふと翳りをおびた控えめな灯りには、心のうちを見つめさせるものがあります。

 LEDライトの明るさと省エネは福音ですが、人情の仄かさまで曝してしまって、奥ゆかしさ、というものがありません。

 鬱蒼と茂る緑樹の間から、眼下に港の海が見えます。
 この入船山もその名のとおり、波静かな内海にはあっても、船人にとっての日和山だったに相違ありません。