どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《戦後70》広島巡礼⑥-熟れすぎた柿色に爛れた空/ぼくのヒロシマが…イメージされた情景が怖かった

-No.0633-
★2015年06月16日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 1559日
    (高倉健没から →  218日
★オリンピック東京まで → 1865日


◆嘘なもんか

 小学校、5年生の、国語の時間。
 担任の先生が、前の日に書かせた生徒たちの詩の、いくつかを読んで聞かせました。

「熟れすぎた柿色に 爛れた空 原爆の空」
 いまはもう、それしか覚えていませんが、ぼくの詩も読まれました。

 朗読のあとで、先生が感想をいいました。
「きみが生まれる前のことだよね」と。
 先生は、想像力を言いたかったんだと思います。

 けれども、ほかの子たちの反応はちがいました。
「ウソじゃん、嘘つきじゃんか、なぁ」
 ひそひそ声どころか、はっきり非難の響きでした。

 サトウハチローの詩集を、父に買ってもらってから詩が好きになって、月刊誌『木曜手帳』を読んだりしていた頃です。
 中原中也に出逢う、ちょっと前だったと思います。

 クラスの子たちは、それっきり忘れたようでしたが。
 ぼくは「嘘つき」と呼ばれたことを、なかなか忘れられませんでした。
 (しつこいところのある、ませガキだったらしい)

 ……………

 高校生になると、広島へ、原爆ドームを訪ねて行きました。
 その頃、青少年の旅の手助けに用意された宿〈ユースホステル〉に、どこだか場所は忘れましたが、独り泊まって。
 同宿者が大学生ばかりの世界に、はじめて、こわごわとびこんで。

 あのときの原爆ドームは、いまよりずっと素のままに、掠れてくすんで。
 「熟れすぎた柿色の空」が似合いそうでした。

 (嘘なもんか)とぼくは思いました。
 それから、ヒロシマが怖くなって、遠ざけたい気分にもなったのでした。

 ……………

*下の脚色した写真が、小学生の頃のぼくのイメージに近いかと思います*