どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《戦後70》広島巡礼②-ひき潮の厳島神社に眩暈/ まっすぐには行けないヒロシマへの寄り道

-No.0629-
★2015年06月12日(金曜日)
★《3.11》フクシマから → 1555日
    (高倉健没から →  214日
★オリンピック東京まで → 1869日

*沖縄が梅雨明けしたらしい。…ということは、いよいよ本州の梅雨が本格に。さっそく九州地方が豪雨に見舞われている。”劇症気候”のなりゆきが気がかりなことだ*






◆潮干狩りの宮島

 長崎からはじめた《戦後70》の巡礼。
 あの頃、3月になったばかりの新幹線車内は、外の肌寒さに肩をすぼめながら、春も間近の昂揚感につつまれていました。
 いま、しめくくりの広島に向かう「のぞみ」の空気は、そろそろ夏の予感に、はやくも、だるいくらいです。

 大天守保存修理がすんでグランドオープンとやら、一般に公開されたばかりの”世界遺産”姫路城が、車窓に見え隠れ。
 3月のときに、(それにしても白塗りすぎるなぁ…)と感じた率直な印象、いまもかわりなく。
 しっくりするのに、あと、半年くらいはかかるんでしょうか…。

 宮島口。
 いまは、正月恒例の都道府県対抗男子駅伝(天皇杯)、広島大会の折り返し点で知られます。
 
 山陽路の瀬戸内には、かつて、2本の国鉄線連絡航路と、2本の島航路がありました。
 宇野駅(宇野線岡山県)-高松(予讃線徳島県)間の宇高航路と、仁方駅(呉線広島県)-堀江駅(予讃線愛媛県)間の仁方航路。
 そして、宮島口駅(山陽線)-宮島(広島県)間の宮島航路と、大畠駅(山陽線)-小松港(山口県)の大島航路。
 (かつて”乗り鉄”のボクは、そのすべてに乗ったことがある、きっと稀少にちがいない一人デス)

 うち3本までが、架橋などによって廃止となった現在、のこるのはJR宮島航路のみ。
 しかもそれが、この航路には地元広電(広島電鉄)系の宮島松大汽船も競合しているのですから、さすが古くはなっても”日本三景”さまさまといったところです。
 ついでに、JR宮島航路の連絡船だけが厳島神社の大鳥居脇を通れる、というのも国鉄時代からの歴史と貫録…なのかも知れません。

 宮島は、ちょうど引き潮。
 前に訪れたときとちがって、ひたひた波の上の厳島神社ではありませんでした。
 干上がった海の大鳥居に群がる観光客から、少しはなれた浜には潮干狩りの家族連れが散らばって、陽射しの暑さもすでに夏のもの。
 
 ぼくには、ふと、軽くめくるめく感覚があります。
 前のときは青春、失恋の傷心かかえた旅の空、浮桟橋に立ったような気分がありました。
 こんどの場合は、「熟しすぎた柿色にただれた原爆の空」の下へ、戦後70年の回帰。
 避けられない入学試験を避けたい気もちにも似た、せめてもの、まわり道。
 
 踏ん切りをつけるための、ウォーミングアップの、宮島行。
 照りつける陽も、照りかえす海も、いたずらに、まぶしい…人混みのなかの孤独が、ほしくての寄り道。
 喉の乾きを潤しに寄ったティールーム、たのんだ和風パフェに、「もみじ饅頭」がトッピングされていました。