どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《戦後70》広島巡礼①-安芸の宮島、鹿との葛藤/つぶらな瞳でひたと見つめらる…ヨワさとコワさ

-No.0628-
★2015年06月11日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 1554日
    (高倉健没から →  213日
★オリンピック東京まで → 1870日




◆不埒者はどっちだ

 広島で、新幹線から在来の山陽線電車に乗り換え、宮島口駅に降りた。
 むかしから、かわらない名物の”あなごめし”。
 「うえの」の弁当(駅弁)を買って連絡船…といっても、わずか10分かそこらの小さな瀬戸を渡る。

 安芸の宮島に着いて、広場に騒ぎ声のする方を見たら、鹿が外人観光客から餌をねだっていて。
 (あぁ、そうだった…)と迂闊というか、間の抜けたことだった。
 
 厳島神社の神鹿ということになるのだろう、が。
 ぼくにとっては、ふん、ふん、ふん、ふん、シカのふん、にすぎない。
 そこらじゅうに、黒い丸薬みたいな糞がコロコロ散乱しており、ご苦労さまに、掃除の方が掃き集めていた。

 鹿の姿の見えない、海辺の石垣を選んで腰掛け。
 (おぉ、これこれ)
 弁当の包装を開いていたら。
「ちょっと、うしろよ」
 隣りからかみさんに、肘で突つかれ。
 振り返る手が、濡れた鹿の鼻づらに触れた。

 広島巡礼でヒロシマに直行できない、もてあまし気味のぼくの心もちを、見透かされた気がして。
 「シッ」と叱責する声音に、(不埒者めが)の気分が濃かった。

 ところが、まだ若い鹿の、大きな黒い目には、一点の疚〔やま〕しさもない。
 無邪気なおねだりには、こちらを怯〔ひる〕ませるものさえあるのだった。
 奈良の、春日大社の鹿のように都会擦れしたところもなく、ひたと、こちらを見つめて押してくるのだから、かなわない。
 弁当の味わいも、はんぶん、どこかへいっちまう…。

 この日、宮島の午後いっぱい、ぼくたちは島のあちこちで鹿の、よそ者を見る目に出逢いつづけた。
 それでも馴れてくると、牡鹿の角に、白く尖ったのと、黒茶色に先も丸いのと、あることに気づく。
 土地の方に訊ねて、白く尖ったのが成長の早い角、黒茶がかった丸いのはまだ未熟…と、(成長して一皮むける)考えてみればトウゼンのことがわかって、少し親しみをとりもどしたけれど。

 帰りの連絡船の、波止場にむかう参道の途中、アンティークな郵便ポストと消火栓、どちらも赤い中に奥まってうずくまる鹿を見ると、やっぱりあちらが不寝番で、こちらが不埒者か、という気になってくるのだった…。