どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

「大地図展」と映画『パプーシャの黒い瞳』/   明日から《戦後70》広島巡礼に、ぼくは旅だつ

-No.0617-
★2015年05月31日日曜日
★《3.11》フクシマから → 1543日
    (高倉健没から →  202日
★オリンピック東京まで → 1881日




◆何億円の価値ある古地図

 解体すんだ国立競技場を訪れた日。
 ぼくには、もうひとつの目的があった。
 フェルメールの絵の背景に描かれていた地図…を見に。

 文京区本駒込二丁目。
 といっても、なんとなく昔風の住宅街…くらいにしか思えないかと思う。
 六義園の正門に近い、東洋文庫へ。

 その名のとおりの東洋文庫、ミュージアムの中心には大黒柱ともいうべき、モリソン書庫。
 その堅牢にして、強い教養への意志力を感じさせる書架の重層ぶりは、それだけですでに溜息もの。
 企画展示のおこなわれるスペースが、その周りをとりかこむようにある。

 「フェルメールの青」で知られる17世紀オランダの画家、フェルメールの『青衣の女』であったかの、背景にあった壁掛け世界絵地図(…とボクには印象された)。大地図帳全9巻が揃って見られるのは、日本初という。

 作者のブラウ父子をぼくは、はじめて知った。
 大航海時代の当時、最先端にあった東インド会社(オランダ)公認の地図作家だった、と。
 
 丹念に彩色された地図のまわりには、その頃の王侯や各地の民族などが、色鮮やかに描かれている。
 たしかに、フェルメールの絵に独特の深みを与えていた、あの地図にちがいない。
 このブラウ父子による地図は、実用よりも富裕層の趣味や、王侯貴族への献上美術品であった、という。
 それをうなずかせる壮大なスケールと、巧みな図化は、なるほど素晴らしい。

 ただ、こんどその地図を、あらためてすぐ目の前にすると…意外に感動の振幅は少なかった。

 すでに時代が遠く離れすぎてしまったこと…にくわえて、地図のもつ観念的な普遍性のいたずら、かも知れなかった。
 つまり、たとえば地球儀というものは、実用としてよりも、部屋のなかにそれがあることによるイメージの広がりのほうが、より効果的だったりする、というように。
 すなわち、”背景”の至宝だ。

 ただ、この古地図、大地図帳。
 所蔵されていた東洋文庫のもつ雰囲気との、コンビネーション抜群。
 モリソン書庫の奥まったところ展示されて、はじめて真価が伝わってくるようでもあった。 

◆大地の根っこ…ジプシー

 映画『パプーシャの黒い瞳』(ヨアンナ・コス・クラウゼ/クシュトフ・クラウゼ=監督・脚本)を、岩波ホールで観たのは、それよりも前。

 書き文字をもたないヨーロッパの民、ジプシーに生まれながら文字と知識に惹かれ、幼い頃から言葉を愛して、それを翼に大地に近い空を舞った”詩の詠み人”の魂の旅路。

 それが伝統かと深く感じさせるポーランド映画の、重厚で透明感あふれる光と影、美しいモノクロ映像と、こころふるえさせるジプシー音楽。

 この映画を観おわって、しばらく、ぼくたちは席を立つことができなかった。
 映像の純粋な美しさに、支えられたテーマがずしりと重たかったから…。
 ブログの記事にするにも、決心を必要とした。
 観おわってから、それなりの時間も、やはり必要だった。

 実在したジプシー詩人の女性、「パプーシャ」の愛称は”人形”を意味する。
 森と湖と草原と、そのなかをたゆたい暮らす幌馬車の民…。
 彼らに、どんなに称賛の言葉を集めたところで、ぼくら現代人は、知らず嵌めこまれてしまった雁字搦めの枠から逃れ出ることなど、けっしてできはしないだろう。
 
 だから、ぼくも、この映画について語ることは、ほかにない。
 ただ、チャンスがあったら、観ておいてほしい…と願う。
 なぜ…人として、それだけだ。

 ボクは、1980年代前半、パリ郊外の大きな緑の公園の、ずっとずっと奥まったところにたむろするジプシーの一団と、その後ろに書き割りのように朧な幌付き馬車…の記憶を、いまも忘れない。
 地元の親切な老人夫婦が、身振り手振りでしきりに「あぶない、近づくな」と教えてくれた記憶も、いまだに鮮明だった。
 あのときのジプシーたちは、いま、どこに、どうなっているのだろう…。

 ぼくを、こういう心境にさせたのは、旅立ちを前にしたから、に違いない。
 ぼくたちは、明日から、《戦後70》しめくくりの広島巡礼に行ってくる。