どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

「浦賀の渡し」をかわきりに撮影開始デス!/   横須賀市の”観光定点カメラマン”に委嘱されて…

-No.0615-
★2015年05月29日(金曜日)
★《3.11》フクシマから → 1541日
    (高倉健没から →  200日
★オリンピック東京まで → 1883日











◆昼休みあり…の、のどかな「渡し場」風景

 「横須賀市観光定点カメラマン委嘱状」というのを受け取ったのは…。
 沖縄にでかける前、4月1日のことでした。

 去年の秋だったかに「募集」の案内を目にして、ちょっと気もちがうごいたんです。
 ウォーキングと入浴保養を兼ねての観音崎通いが、月に2度くらいのペースでつづき始めた頃でした。

 写真撮影を趣味にする人はかなりの数にのぼり、プロ顔負けのマニアも少なくないご時勢。
 浦賀水道を往き来する船をねらって、観音崎に集まるファンも少なくない。
 だから、地元住民と熱心なファンとで、まぁ間にあってしまうのだろう…と、こちらは半分”ダメもと”のつもりだったのですが。

 市長の公印が捺された文書が、来てビックリ。
 委嘱期間が10年というので、2度ビックリ。
 (あたしゃ80まで…ってか)

 ともあれ、横須賀市内で観光のポイントになりそうな地域7つを選んだなかから、1地域を担当してほしいとのこと。
 ぼくの担当はもちろん、応募したときにも希望しておいた「走水、観音崎浦賀」地域。
 春夏秋冬、年4回の撮影をして、10月と4月に提出する作品の、著作権横須賀市に帰属する…と。

 そのへん、あんまりキュウクツに考えるとヤッカイなので、(できるかぎりの範囲で)と、わりきらせてもらうことに。

 ……てなわけで。
 沖縄から帰って、まず出かけたのが「浦賀の渡し」。
 浦賀港の奥深く(およそ1.5キロ)、ドックへと縊れこんだ湾入は、グルッとまわったなら面倒至極なり、「小舟の渡し」にはおあつらえ向きの地理になっています。

 その、ちょうど縊れのあたりを結んで、「浦賀の渡し」があることは前から聞いていたのですが、なにしろ平地少なく、道狭く入り組んだ半島の沿岸。おいそれと車を停めることさえままならないので、なんとなく敬遠ぎみにうちすぎてきたのでした。

 案の定、駐車場を見つけることから苦労して、辿り着いた西浦賀町側の乗り場は、消防署と交番のすぐ脇。
 小さな浮桟橋へと下りる、細い橋掛かりには定員3名までと注意書きがあり、さらに「ご乗船の方はこのブザーを押してください」と小さな掲示がありました。

 見れば、対岸東浦賀町側の岸の浮桟橋に、オレンジがかった紅色の小舟がいる。
 この渡しは、どちらかの岸に乗船する人があらわれるか、あるいは乗船を申し出るブザーが鳴るかで、動くことになっているようです。

 ちょうど、こちらの岸に、”横須賀散歩”風情の女性がふたり、やってきて遠慮気味にボタンを押してくれます。
 すると、うまいぐあいに向こう岸にも、折よく乗船客の姿が浮桟橋にあらわれ(それらが手にとるように見とどけられるの)…。
 まもなく小舟が動きだしました。

 幕末、黒船の来航や咸臨丸の出航など、などで世間をわかせた浦賀の港。
 ここに渡し舟の歴史は、浦賀奉行の置かれた頃(1725年)にはじまるらしいんですが、明治9年には民営の渡船ができ、その後、官営にひきつがれて、現在は横須賀市営の民間委託事業になっておりまする。

 むこうから、静かな港内の水面を滑るようにやってくるのは、就航120周年を記念して平成10年に新造されたという「愛宕丸」4.8トン(全長は9メートル)。強化プラスチック製の御座船風…のふれこみ。
 「ぽんぽん船」の愛称があるそうですが、ボク中度難聴者の耳には音もなく、水上の市道(2073号)”浦賀街道”を渡ってするすると近づいてきます。

 あらためて見上げる、浦賀の渡しの高札。
 料金は、大人150円、小・中学生、自転車・ベビーカー・犬50円、障害者は無料、その介護者は50円、と定められ。
 就航は、朝7時~夕方6時まで、昼休み12時~13時まで、というところがイイねぇ。
 休航は、年末年始(12月31日~1月3日)と、荒天のとき。

 まもなく浮桟橋に着いた船に、乗り下りの一時があって、また愛宕丸はするすると水上のミズスマシ…とあいなります。

 こちとら車なので、乗ってみるのは、またのことにして。
 袋網のごとくなった街筋をグルッとまわって向こう側、東浦賀町の方に出たら、もう、さっき渡しに乗って行った女性たちが、バス停に立っておりました。