どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《戦後70》沖縄巡礼㉓-国際通りをそぞろ歩く/   異邦人きぶんをあじわいながら…

-No.0614-
★2015年05月28日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 1540日
    (高倉健没から →  199日
★オリンピック東京まで → 1884日









◆映画の主人公にでもなった気分

 首里城を最後に、5日間、無事、走りおえてくれたレンタカーを返却。
 空港のコインロッカーに荷物を預け、身軽になって「ゆいレール」に乗る。
 沖縄には、この那覇のモノレール軌条が唯一で、鉄道はない。

 ただし、戦前にはサトウキビ製糖産業用に短いながら3つの路線があった。
 東の与那原まで9.4㎞、北の嘉手納まで23.6㎞、南の糸満まで18.3km。規格は”軽便”だったけれど…。
 
 沖縄戦で焦土とともに消えた鉄路を復活、那覇-名護間(約70㎞)を結ぶ〈沖縄鉄道構想〉が県民の悲願という。
 たしかに5日間、レンタカーで走ってみると、都市部の渋滞は東京なみかと思えるほどだ、けれど…。

 70㎞という距離は、鉄道には短すぎる感もあるし、採算もとれないだろうと思われる。
 それならいっそ、《11.3.11》後の東北(気仙沼線など)でも採用されて実績もあり、専用道路を使って遅延の心配も少ないBRT(バス高速輸送システム)の方が現実的なのではないかと、ぼくは思う。

 まぁ、現状の”国対沖縄”の対決構図(にしているのはもっぱら国の方だが)からくる、鉄道構想への”いやがらせ”的な措置は許せないとしても、完成後の維持費用は沖縄県が負うことも、考えておかなければなるまい。

 ともあれ…。
 目指したのは、那覇の繁華街、国際通り

 南国の、異色の食材に目をうばわれることで、つとに有名な、戦後の発展ぶりを称して”奇跡の1マイル”とも呼ばれるおよそ1.6キロを、外れの牧志駅から県庁前にむけて、いざ、そぞろ歩きだす。

 映画だと、状況描写もふくめて場面転換によく使われるシーン、音楽なんかも軽くアップテンポになるところだ。
 ふと、スクリーンの主人公にでもなった気分で。

 しかし…。
 いい日和すぎる、くらいの日だった。
 沖縄に着いた日の雨が晴れてから、ずっと好天がつづいていた。

 だもんで…。
 だらしのない話だけれど、ボクらは公設牧志市場まで、まだ半分も行かないくらいのとこらで、もう草臥れてしまった。
 若い人のように、ワァキャァはしゃぎに疲れも吹きとぶわけでもなく、道の照り返しに目の前がチラクラし始めるしまつ。
 ちょっとばかり市場をひやかしたところで、ついにギブアップ。






◆”琉球つまみ”にビールで乾杯

 首里天楼という、琉球料理の店に腰を下ろす。
 メニューを見ると、あれもこれも気になるけれど、ぼくらは腹のキャパがごく小さい。

 「もずくせんべい」に沖縄在来種の豚肉が入った「あぐー餃子」、豚ロースに黒ゴマをすりこんで蒸した「ミヌダル」に「塩焼きそば」、それに生ビールを頼んで、沖縄のこれからに「かんぱ~い」。

 箸袋に、「はし」は沖縄方言で「うめーしー」とかいてある。
 店員さんにたずねると、「おいしい」は「まーさん」。
 「くわっちーさびたん(ごちそうさま)」と店をでるころには、いいこんころもち…。

 知らぬ間に大きな交差点に出た…と思ったら、そこが県庁前。
 大きなビルのガラス窓が、中天の陽射しに輝いていた。

 いま、沖縄にはユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)のテーマ・パーク進出の話が持ち上がっている。
 候補地は、ネオパーク・オキナワ(名護自然動物園)の30ヘクタールを予定している、という。
 まだ決まったわけではないというけれど、人口が増加傾向にある沖縄の将来を有望視、200~300億円の開発費をかけ、美ら海水族館と同等の年間280万人程度の集客を見込む、というのだから有望にちがいない。

 翁長(知事)さん、アメリカに乗りこんで「ちばりよー(がんばれ)」。