どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《戦後70》沖縄巡礼㉒-首里城内に響く「めんそーれー」/翁長知事も琉球語感たずさえてアメリカへ…

-No.0613-
★2015年05月27日(水曜日)
★《3.11》フクシマから → 1539日
    (高倉健没から →  198日
★オリンピック東京まで → 1885日






◆沖縄の旅、最終日

 4月17日(金)。
 朝の通勤ラッシュに挟まりながら、瀬長島へ。
 那覇国際空港の真南にある、この陸繋島のようになった小島は、滑走路から直ぐ延長線の上に位置するので、訪れる人が多く、デートスポットにもなっている、と聞いていたからです。

 飛行機ぎらいのボクでしたが、民間機と軍用機の音の違いを、確かめておきたかった。
 きのう嘉手納の空軍基地で、背後から不意に襲われた爆音の凄まじさが、まだ耳の奥にのこっていました。

 温浴施設もある瀬長島の高台、駐車場には朝から車がいっぱい。
 その頭上を、ジャンボ機が離陸していくときの音は、やはり、耳を聾する凄さ。
 ただ、心理的には、まるで両極にわかれたように、違って聞こえました。

 航空機エンジンについての知識は、ぼくにありませんが。
 おなじエンジンといっても、軍用機と民間機とでは、設計の基本から違うんじゃないだろうか。

 たとえば推進力はおなじとしても、要求される性能には”急激”と”緩衝”の差が歴然とある。そしてなにより、民間機には人に迷惑な轟音をいかに抑えるかがもとめられる一方、軍用機にはむしろ轟音で威圧する狙いも加えられているのではないか…と、いうようなことでした。

◆権力者の居所、首里城

 しめくくりに訪れたのは、首里城
 70年代に沖縄を旅したときにも、案内されましたが、有名な「守礼門」しか見た覚えがありません。

 あのときは、沖縄戦で焼失した琉球文化の象徴を惜しみ、復活を願う気持ちで案内されたのだと思います。

 1992年に復元、いまも完成をめざす工事が進められています。

 みなさんお出かけになる時間帯の、なんといっても沖縄随一の見どころは、駐車場も満杯、場内もたいへんな人混み。
 
 正直、ぼくは権力者の居所を溜息まじりに、見まわる趣味はもちあわせません。
 建築法や間どりのくふう、調度の趣味に興味がある程度です。
 案内(警備)係員に見はられながら、順路に従って進むしかない鑑賞法は、性にあいませんし…。

 ただ、ひとつ。
 さすが琉球文化の砦、と感じさせられたのは、琉球の宮廷衣装に身を包んだ案内人たちがかけてくれる挨拶ことば。
 とくに男性たちの、大きな声で「めんそーれー」の笑顔は、とても気分がよかった。

 ひとめぐりして、久慶門を出るときにも「めんそーれー(いらっしゃい)」の声。
 どこかで教わったとおりに「はいさい(こんにちは)」と返して。
 「ごくろうさま、暑いでしょ」と言ったら。
 「これから夏になったら、もっとね」と破顔一笑

 門の壁を指して、日焼けしたところと、日影のところの、壁色の違いを教えてくださる。
 教科書よむみたいなガイドの説明は耳にのこらないけれど、こういう肉声から得られる情報は忘れがたいものです、ネ。

 ……………

 5月17日、那覇市であった「辺野古新基地阻止」県民大会。3万5000を超える参加者を前に、翁長知事は。
 「どうか、日本の国が独立は神話だといわれないように安倍総理、頑張ってください」
 皮肉をこめた激励につづいて、琉球語で声を高くした。
 (翌18日付け「琉球新報」社説による)

 「うちなーんちゅ うしぇーてぇーないびらんどー」
 (沖縄人を、ないがしろにしてはいけませんよ)
 このコトバは、「うしぇーらんけー(みくびるなよ)」という強い言いまわしを避け、諭す響きに語感をやわらげたもの、という。
 つまり「なめるんじゃないよ」といっている。

 翁長知事には、このままの気分をもって、アメリカに跳んでほしい。