どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《戦後70》沖縄巡礼⑪-「ウォーリー」との出逢い/東シナ海の波よせる明るい砂浜の…オカヤドカリ

-No.0597
★2015年05月11日(月曜日)
★《3.11》フクシマから → 1523日
    (高倉健没から →  182日
★オリンピック東京まで → 1901日




◆ヤドカリ「ウォーリー」の宿替え

 ぼくらが、沖縄の2夜をすごしたリゾートホテル、ホテル日航アリビラ。http://www.alivila.co.jp/
 バカンスに訪れたのなら、ここについての印象はもっと、すてきに語られたことでしょう。

 エメラルドグリーンの海、オレンジ色をおびて陽に輝く浜砂の、ビーチを抱いて建つ南欧風の建物にはウェディング・チャーチもある。
 オーシャンビューの客室からは、東シナ海の夕陽も燃えるよう…。

 でも、ちいさなひとつの出逢いがあったおかげで、すべてが一点に集約されることになりました。
 望遠レンズのクローズアップ効果さながら…。

 朝食後の散歩にそぞろ歩いたビーチのはずれ、ふだんは人があまりいないところで、ボクは記念に”一握の砂”を掬い。
 かみさんは貝殻をひろった…のが、4月15日のこと。
  
 家に帰って、荷物を整理していて、砂と貝殻を新聞紙に広げて干したら。
 モソモソ動きだしたやつがいた! のが18日。

 その顛末は、このブログのNo.0584『《戦後70》沖縄巡礼-序曲-珍客ヤドカリ』に書きました。
 http://blog.hatena.ne.jp/sashimi-fish1/draft-scat.hatenablog.com/edit?entry=8454420450092771454

 そのオカヤドカリの「ウォーリー」。
 ぶじに生きつづけてくれるものかどうかが案じられ、万が一、死なせてしまったときの後悔と慚愧を思わずにはいられなかったのですが。

 ご報告します。
 宿借り「ウォーリー」が、〈宿替え〉しました。
 それは、2週間後の5月2日、朝のこと。
 
 「おはよぅ」の声をかけて、朝食の支度にかかったかみさん。
 テーブルの準備に戻ったら…ナント、いままで宿借りしていた貝殻がカラッポ…。
 (えっ)と思って、皿にした目のさきに、ちゃっかり新しい貝殻におさまった「ウォーリー」が、「ひょこっと身を隠そうとするところだったのよ」というわけです。

 その貝殻は、つい先日、ペットショップを覗いたときに、専用の餌「ヤドカリフード」と一緒に買ってきたもの。
 何個かセットになっていた中から、「これなんか手頃なんじゃないか」と、いまのより少し大きめな丸っこいのを、ボクが選んで置いたものでした。
 やぁ、ウレシかったなぁ。

 まさか、こんなに早く宿替えのときがくるなんて、考えてもみませんでした。
 ヤドカリは体が成長して、宿に借りてる貝殻では手狭になると、次の適当な物件を探して宿を替える。
 そのときが近いところまできていた、のでしょうが、少しにせよ育った証しにもちがいない。

 海のドキュメンタリー映像などによれば自然界でも、いい物件には人気があつまるもので、早い者勝ち、ときには人気物件の貝殻争奪戦がおきることもある、らしいですから。
 すると「ウォーリー」も、そしてぼくらも、この幸運に感謝しなければならないでしょう。

 そんなことがあったもので、すっかり霞んでしまった感じの高級リゾートホテル、ホテル日航アリビラ。
 でも、想えばここは、ぼくらとヤドカリ「ウォーリー」出逢いの宿として、ながく記憶されるでしょう。
 そうして、それが再訪のきっかけになりそうな予感…もしているところです。