どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《戦後70》沖縄巡礼③-残波から再び普天間基地へ/これまでと違う、これからは違う、沖縄がそこある

-No.0588-
★2015年05月02日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 1514日
    (高倉健没から →  173日
★オリンピック東京まで → 1910日






◆”世界一危険な基地”はそこらじゅうに…

 ホテルは、残波岬に近い日航アリビラ。
 沖縄本島中部、西側に突き出すこの岬は、沖縄本島上陸作戦の目標にされたところ。

 1945(昭和45)年3月26日。
 アメリカ軍の上陸部隊は、岬の付け根、読谷〔よみたん〕・北谷〔ちゃたん〕の西海岸に(それに先だって那覇の西約30キロ、慶良間諸島への上陸があり)やってきた。
 …しかし、それを察知した日本軍は”血戦”に備えて南部に集結したから、上陸は粛々と行われ、地上戦の火ぶたが切って落とされるのは、その後のことになるわけだが。

 ともあれ、アメリカ軍は手を分けて北部にも探索おこたりなくして、主力部隊が南進を開始。
 その先に宜野湾〔ぎのわん〕があり、嘉数高台(軍の呼称は嘉数高地)の日本軍陣地があって激戦になった…。

 いまは波静かな人気のビーチ、天気も気もちよく晴れた。
 残波岬から北谷にかけての素晴らしい眺望がひらけるホテルには、ウェディング・プランの夢を呼ぶ教会が目をひき。
 駐車場には、修学旅行の団体を運ぶ大型バスの姿もあって、行楽ムードいっぱいだったけれども…。

 ぼくらは、きのう初日、やむなく予定変更のマイナスをカバーするため、朝食もとらずにレンタカーを走らせた。
 (朝食券を夕食などの他用途にも使える、このホテルのサービスは気が利いていた)

 那覇市内のモノレールのほかには鉄道のない、道路交通いっぽんの沖縄では、交通渋滞が悩みの種…と聞かされていたからだが、慣れない旅行者ドライバーの車が幹線道路を縫い、目的地に近づく頃には、みごとに渋滞の車列に捕まってしまっていた。

 目指したのは、きのう下見しかできなかった嘉数高台公園の展望台。
 ”世界一危険”とされる普天間飛行場の現実を、あらためて視察する。

 きのうは薄暮、小ぬか雨、という状況でよく分からなかったのだが、急な石段はいわば”男坂”、きょうあらためて見れば、脇からゆるやかなスロープの”女坂”がめぐっており。
 これから梅雨どきの気配を察したものか、カタツムリがいっぱい道に這い出していた。

 嘉数高地の激戦では、日本軍の将兵に防衛隊も加えた約2000名が堅固な要塞にこもって防戦に努め、攻防16日間におよんだが、ついに敗れ、さらに南部へと後退を余儀なくされたという。

 台地の上にひとつ、トーチカが保存されてあった。
 閉所恐怖症ぎみのボクには、このなかにジッと籠ることじたいが耐え難い恐怖…きっとあの戦時にも、多くの発狂者が出たに相違ない。

 世界平和を願って地球儀をイメージしたそうな、まるい展望台のありようが、見ようによっては、それ自体がトーチカのようでもあった。

 まだ朝早い時刻というのに、展望台には先客があった。
 筒の長い望遠レンズを装着したカメラを首から左右にふりわけて、灼けた肌色の見るからに”歴戦”ふう。
 基地反対派の記録者か、あるいは戦闘機のカメラマニアかは、わからない。
 「まだ、はじまりませんか」と、ボク。
 「まだ…のようですね」と、カメラ氏。

 あらためてグルッと展望する、普天間基地の飛行場エプロンには、オスプレイがきのうのままの位置にいた。

 仔細に観ると、この基地の立地はなるほど厄介である。
 とくに、この嘉数高台下南から、西にかけての市街地は、びっしりビルと人家の屋並。いつも爆音の脅威のなか。
 (しかし……)と、ぼくは思う。

 ここが”世界一危険”なら、日本にあるものすべて”世界でもケタ外れて危険”な基地ばかりではないか。
 海山のせめぎあう急峻な火山・地震列島の、平地きわめて稀少な狭くるしい国土には、大規模な飛行場の立地できる余地なんかない、のではないか…。

 しばらく待ったが、オスプレイも、他の軍用機も動く気配なく、滑走路にも周辺のどこにも人影さえないのを見とどけて、ぼくらはその場を去った。

 公園の日影では、高齢の男3人が囲碁に熱中。
 傍らに、紅いハイビスカスが咲いていた。

 入口に近い樹の幹には、「辺野古に行こう!」の掲示板がかかっていた。毎週火曜、市役所前からバスが出るという。
 こうした市民ぐるみ「オールおきなわ」の広報を、その後ぼくらは、各地の辻々で見かけることになった。

「これまでの沖縄とはちがう」
「これからの沖縄はちがう」








*写真=上段、(上)は”世界一危険な基地”とされる米軍普天間基地飛行場、(下左)は嘉数高台から西側海岸方面を望む、(下右)は嘉数高地にのこされたトーチカ*
*写真=下段、(上左)は「辺野古へ行こう!」の掲示板、(下右)は日影で囲碁に興じる男たち*