どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《戦後70》沖縄巡礼-序曲-珍客ヤドカリ/    ぼくらはカレ?…に「ウォーリー」と名を付けた

-No.0584-
★2015年04月28日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 1510日
    (高倉健没から →  169日
★オリンピック東京まで → 1914日







◆砂にまじった貝殻からモゾモゾ…

 沖縄帰りの荷物に紛れこんで来た珍客が、ぼくらの日々にいま、美妙な変化をもたらしている。

 ぼくらは、夫婦そろって海が好き。
 旅さきの海の想い出に、ぼくは〈一握の砂〉をすくい、かみさんは貝殻を拾ってくることが多い。

 こんども”オキナワ・ブルー”の残波ビーチから、〈一握の砂〉を貝殻も一緒に持ち帰った。
 なかにヤドカリが紛れこんでいた…というわけ。
 明るい陽射し色をした浜砂の、湿り気を乾かそうと広げた中から、不意にモゾモゾと動きだす奴がいて、かみさんを驚かせたことから、それははじまった。

 殻の口径せいぜい1.5センチほどの、まだ子ども。
 顔を近づけると、脚をたたんで殻に隠れ、そっとしておくと、そのうちに音もなく脚を広げ、身を乗り出してきて、脱走をこころみはじめる。
 愛おしいまでに、かわいらしく、ついからかいたくなるほどに、愛くるしい生きもの。

 「どうしたらいいのかしら…」
 かみさんの声音には、はじめから(家で育てるには)のニュアンスが濃かったし、おまけに。
 沖縄の海に、は無理としても、三浦半島まで行けば磯浜に還せるのだ…けれど、ぼくにしてからが(でも環境がちがいすぎるしなぁ)と言い訳がましく、なんとなく手放したくない気分になっていた。

 ネットで、ヤドカリの育て方を調べた。
 「オカヤドカリ」なら、比較的やさしく育てられるらしい、ことが知れた。
 お・か・や・ど・か・り……?……。
 うかつなことに、ぼくはこれまで、ヤドカリに海も陸もない、両棲というか、潮間帯のあたりを活動領域にする生きものだとばかり思っていたのだ。
 現実の世界には、磯や浜から海底まで、さまざまな環境に適応して生きるヤドカリがいるらしい。

 事典を見ると、漢字では「宿借」あるいは「寄宿虫」と書く、と。
 なんだか、無宿人か寄生虫のようで、ぜんぜんヤドカリらしくなかった。

 ……さぁ、わからない……。
 熱帯魚を飼うような水槽が必要になるという、もし、海のヤドカリだったりしたら、これはメンドウなことになるだろう。
 しかし…このヤドカリくんは、波うち際から離れた砂のなかにいた…。
 ぼくはエイヤッと、(こやつきっとオカヤドカリにちがいあるまい)ヤマ勘に賭けた。
 (いまのところ、しごく元気に動きまわっているので、このヤマ勘はあたっていたらしい…)

 ここに紹介したのは、生態をわかりやすくするための、いわばスタジオ写真。
 実際のヤドカリくんは、なだらかな砂丘をイメージした砂山に貝殻や小石、小枝などを配し、飲み水を入れたペットキャップも置かれたなかにいる。

 エサには、なぜか、ポップコーンが好物だという情報があったので、日にひとかけらずつ与え、これにアオサ海苔をくわえてミネラル補給をしてもらっているところ。
 飼育環境は、これから日々くふうと経験をかさねて、改良されていくことになるだろう。

 ただいまの課題は、とりあえず、無事に育ってほしいこと。
 そうして、いま借りている貝殻の棲家が手狭になったときに備え、ひとまわり大きいくらいの貝殻を見つけてきてやること。

 なお将来的には、よさそうなお相手というか、配偶者を見つけてやなねばならないと思っているのだ…が、こまったことに、ぼくにはヤドカリの性別がわからない。
 だが、それはまだ先のことだし、まぁいい、とするか。

 2008年に公開された『ウォーリー』というディズニーCGアニメ映画があった。
 人間が好き勝手に汚染して捨て去った未来の地球に、ヒトリのこされ、日々、黙々とゴミの山の後片づけに励むロボットのお話。

 その主人公のロボットに、わがヤドカリくんが似て見えるところから、ぼくたちは「ウォーリー」と名づけた。
 …というか、いつのまにか、そんなふうに呼ぶようになってしまっていた。

 はじめは「名前なんか付けるのよそうな」と、約束していたはずなのに…。
 なんとも、こそばゆいようでいて、あきらかに美妙なムードの…。
 「ペットをわが子あつかいするアブナイ人たち症候群」に、じわりと近寄ったような(アブねぇ)感じをあじわっている。