どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

さばさば…といってあげたいような…こころのこりな/役者、萩原流行の死 

-No.0582-
★2015年04月26日日曜日
★《3.11》フクシマから → 1508日
    (高倉健没から →  167日
★オリンピック東京まで → 1916日

*パソコンを買い替え、システムも一新。いまのボクは、まだ、それに戸惑っている状況なのですが…*
*再開します*
*とりあえず、とうぶんはドキドキしながら、なにか不都合なことがあるかも知れませんけれど…*


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◆抜き身の刃にふれるような役者

 萩原流行さんが亡くなった、22日のことだった。
 ボクには、”つよく琴線をはじかれる”感じに、とても気になる存在の役者だった。

 彼は舞台の人であり、ぼくは舞台が苦手ときているので、彼の舞台を観てはいないのだけれども…。
 ぼくがハマりこんでいる映像の世界で、彼は異彩を放ちつづけた。
 ”性格俳優”という表現が、ぼくにはナットクできているわけではないけれど。
 萩原流行は性格俳優だと想える…そういう役者さんだった。

 テレビドラマでは、卑劣…とか、極悪非道…とか、いったふうの犯人役を演ずることが多くて、観る人を戦慄させる役づくりをした。

 なかでも2009年のテレビ朝日、『刑事一代 平塚八兵衛の昭和事件史』。
 〈落としの八兵衛〉の異名もとった鬼刑事、平塚八兵衛が主人公の物語は、もちろん八兵衛役の渡辺謙が主役だったが…。
 1963(昭和38)年「吉展ちゃん誘拐殺人事件」の犯人、小原保役を演じた萩原流行(当時の芸名は萩原聖人)は、抜き身の人の生きざまを抉り出す演技で、主役の渡辺謙をみごとに喰って魅せた。

 こちらの肌身をふるわせるほどの凄味があった。

 松田優作と親友だった彼…には、なるほど、うなずかせるモノがある、が。
 ボクはそれよりも、なぜか、萩原流行の面影にはロビン・ウィリアムズがダブる、のだ。
 どちらも”抜き身”を演じて、果てた役者。
 ”抜き身”というと、ふつう、”刃”を連想させるけれども、彼らの場合には、むしろ”むき身”の貝のようだった。

 萩原流行は”うつ”の人でもあった、役者ゆえ…。
 ロビン・ウィリアムズにもまた、似たようなハートの慄きがあった…。

 ウェスタン・ルックを好み、気さくで、ひょうきんに、生き抜けようとしたのだろう、けれども…。
 愛用のハーレー・ダビッドソンで、路上に息絶えた。
 警察の護送車との接触があったといわれることにも、因縁めいた想いをおこさせる。

 「聖人」から「流行」に改名したとき、ぼくは勝手に「りゅうこう」と読み、そのほうが素直で彼に相応しいと思ったものだが、彼は(ひとつひねって…か)「はやり」と称した。
 それだけのこと…だけれども。