読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

念願のパラオを訪れた天皇・皇后両陛下/     慰霊の旅にはいま、せつじつな想いがにじむ

-No.0567-
★2015年04月11日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 1493日
    (高倉健没から →  152日
★オリンピック東京まで → 1931日





◆「悲しい歴史を忘れてはならない」

 天皇美智子皇后、念願のパラオ訪問がなされた。
 10年前、諸事情から断念したことのある追悼・慰霊の旅が、ようやく実現した。

 最近の両陛下の表情には、「吾が生きてあるうちに」「悔いをのこさず」といった、せつじつな想いがにじむように思われる。
 このたびの出立にあたっても、安倍首相をふくむ見送りの方々に「平和をねがう」気もちをあらわすお言葉を述べられていた。
 パラオでは、巡視船に泊られ、激戦のペリリュー島も訪問された。

 それにしても、これほどの真心かたむけた行いというものが、高齢の天皇・皇后にしか見られないことに、ぼくはナゼ…と思わないわけにいかない。
 天皇だからできる、天皇にまかされた国事行為が、わからないわけではないけれど…国民の生命と財産の安全を守るのが役目の、かんじんの政治家の棟梁に、こうした真心の発露がなければウソだろう。

 なんで、そうした行いは天皇陛下にまかせておいて、こちらでは勝手きままな振る舞い、それだけならまだしも、都合のいいときにだけ天皇人気を利用するようなことが、まかりとおるのか。
 そのへんの胡散臭さに、気づいていて声もない庶民というものも、ずいぶん情けないはなしじゃないか。

 ぼくがポカンと呆気にとられ、、ほとんど信じられなかったことは、パラオの関係者から「これが遺骨収集のはかどるきっかっけになろだろう」と語られたことだった。
 「収集を終える目途がつく…」のではない、「これまで手つかずだったところで収集をはじめることができるようになる」というのだ。

 これは、あまりにも酷すぎるんじゃないのか。
 これまで政府はなにをしていたのか。
 先の大戦にしっかり”けじめ”をつけることもしないで、もう忘れでもしたかのような暢気さ、厚顔をさらして「次いこう」と叫んでいるとしか思えない。   

 天皇陛下が、老いをこらえて海外にまで足をのばしても、その意思がお立場ほどには顧みられることがないのは、どれほどつらいことだろう。
 美智子皇后は、皇太子夫妻の内外における人気がいまひとつなことを、悩んでおられるようでもある。

 こうしてあれこれ、つらつらと思いみるとき、天皇という存在とその立場は、あらためて想像以上に過酷なものであることに、思いいたってしまうのだ…。