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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《戦後70》長崎巡礼⑮-平戸の町と港、界隈の散歩-/ぼくは『遠くへ行きたい』気分の中なか…

-No.0560-
★2015年04月04日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 1486日
    (高倉健没から →  145日
★オリンピック東京まで → 1938日









◆平戸というところ

 曙光は、遣隋使の昔にさかのぼるとして、平戸の黎明は江戸幕府の成立する50年ほど前、南蛮船が初めて姿を見せたときだった。
 たしか、その前年あたりに、宣教師ザビエルが鹿児島に来ている。
 
 ぼくは、歴史の年表に魘〔うな〕された過去をもつが、平戸の一夜は夢のつけいる隙もない熟睡で明けた。

 すっきりとしない雲間から、朝日がつかの間、弱い光をなげ。
 外海からの潮が、平戸大橋の方へ流れて見えた。
 高台の宿の窓辺に寄ると、南蛮貿易で栄えた風待ちの港を眼下に、右手へ眼を移せば集落の真ん中あたり、教会の尖塔にいましも陽光が射し染めつつあった。

 平戸のいまは、観光でなりたつ。
 昨年度であったか、「ふるさと納税」で全国トップの支援を集め、瞠目された。
 いま、ちょっと、制度の在り方に疑問の声も上がってきている「ふるさと納税」で、いい成績をあげるには”お返し”がモノを言う。それも、どうやら〈半返し〉どころではないらしい。

 でかける前にちょっと調べてみたら、平戸の”お返し”も豪勢。
 「ふるさと納税カタログ」には、平戸観光旅行関係のチケットから、和牛に、タイやヒラメやアラといった海鮮などもまじえて、「これでもか」の意気込みだった。

 坂を下ってすぐの海岸に、長崎に移るまで南蛮貿易の拠点だった平戸オランダ商館を訪ねる。
 さすが観光地、開館時間を待って、すでに旅行社のバスが人を吐きだしていた。
 資料館なのだけれど、観光客は土産品の方に首ったけ。ガヤガヤと物色し、ドヤドヤと次のところへ。そして…静まる。

 松浦史料博物館にもまわって。
 藩主時代の邸宅への石段を上がりつつ、ここにも団体さんの襲来があるかと懼れたけれども、ヨカッタそれはなくて助かった。
 藩主松浦家の末裔は、いまも健在とのこと…。

 ふと『遠くへ行きたい』のメロディーが口をついてでる。
 ひかれるように港にもどる。
 平戸桟橋のあたり一帯に交流広場が整備され、プロムナードが水際をぬっている。
 その外れに、恵比寿さまの小ぶりの石像を見つけて、なぜかホッとうれしいボクがいた。

 陽が射すと、空気も温もってきて、すこぶる気もちがいい。
 浜の通りに船具店を見つけて、店内を覗かせてもらう。
 魚網を繕うのに使うという、棍棒みたいに大きな”編み棒”がオモシロかった。

 散歩に、ひとくぎり。
 交流広場の案内所に声をかける。

 平戸にはボク、探しものの、なにかヒントを見つけたくて来ていた…。
  

*写真=上段、(上左)は平戸の夜明け、(上右)は朝陽を浴びて教会のある平戸らしい町の風景、(下左)は平戸城を仰ぐ平戸の港、(下右)はプロムナードの恵比寿さまが鯛を抱えてござった*
*写真=下段、(左)は平戸オランダ商館、(右)は松浦史料博物館の石段*