どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《戦後70》長崎巡礼⑭-平戸に向かう車中にて-/ 健さん「網走番外地」望郷編のことなど

-No.0557-
★2015年04月01日(水曜日)
★《3.11》フクシマから → 1483日
    (高倉健没から →  142日
★オリンピック東京まで → 1941日




◆網走へ、北の大地へ

 稲佐山からの浦上(爆心地)展望で、長崎での予定をすべて終え。
 午後の列車で”坂の街”をあとにした。

 ぼくは、人と土地のつながりを想い、ふと、(健さん)を想った。
 高倉健という人は、福岡県の生まれで故郷を愛してやまなかったそうだが、なぜか役柄のイタズラで網走(刑務所)がホームグラウンドのようになり、その男っぷりが北の大地に似あってもいたからだろう、北海道を舞台にすることが多かった。

 その健さんが『網走番外地-望郷編-』(1965年、石井輝男監督)で長崎に来ている。筋立ては、まぁ、いつものやつで…。
 おかしいのは、健さん、ヤクザ路線の東映から独立したのちも、刑務所とか警察関係とかとの縁がきれなかった。
 遺作になった『あなたへ』(2012年、降旗康男監督)でも、役どころは妻を亡くした刑務官。
 その舞台になった平戸に向かう。

 快速の列車は、諫早長崎本線と岐れ大村線に入った。
 
 (北九州の観光は、ハウステンボスにかかっている…かぁ)
 来る時の博多駅在来線ホームで感じたことだった。

 ハウステンボス行きの特急があり、割引乗車券も売られており、さらに…とくに関係なさそうな路線を走る車両にまで「HUIS TEN BOSCH」のロゴが入っている。
 テンボスとともに増収発展を目指すのはいいけれど、「テンボスこけたら皆こけた」なんてことにならなければいいのだけれど。

 ぼくの知りあいで、長崎に遊びながら「入場料が高すぎるから…」テンボスには行かなかった人がいる。いかほどなのか、ぼくはそれを尋ねる気もなかった。

 大村線の車窓は、ずっと大村湾沿い。
 「南風﨑」と書いて「はえのさき」と読む、いい名前の駅がある。
 この駅をでると、次が佐世保線に接続する早岐〔はいき〕
 その手前、南風﨑との間に「ハウステンボス」駅ができていた。
 国鉄時代なら考えられない…。

 佐世保で、松浦鉄道に乗り換える。
 ぼくは、佐世保の街の銭湯を知っている。

 松浦鉄道も、以前は国鉄の路線。
 ぼくが”片道最長キップ”の旅をした1972(昭和47)年にもこのルートを通ってる。

 この沿線でも、ひとつ発見があった。
 途中「佐々〔さざ〕」という駅があり、次がたしか「上佐々」だったのが、いまは「清峰高校前」になっていた。

 相席になった地元の方が教えてくださる。
「甲子園にでたご褒美ってことですワ、みんなビックリしたんですから…」
 第三セクターならではの地元サービス、ってことらしい。
国鉄時代だったら考えられんです」
 (うん、まぁ、いいかぁ…)