どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

翁長・沖縄県知事は「腹をくくった」という/   対する”威丈高”ニッポン政府は、どうでるか…

-No.0552-
★2015年03月27日(金曜日)
★《3.11》フクシマから → 1478日
    (高倉健没から →  137日
★オリンピック東京まで → 1946日




◆空気が”70年安保”の頃に似てきた

 沖縄がきな臭いことになってきて。
 全共闘世代のボクには、”70年安保”の頃の世情を臭わせるものがあって、眉が曇る。

 翁長沖縄県知事が辺野古(海底ボーリング調査の)作業停止を指示。
 知事は、許可取り消しも検討、この事態に「腹をくくった」という。
 ”生半”のことで、できる発言じゃない、キッパリ決断に違いない。

 対する政府は「不服申し立て」。
 威丈高に「来るなら来い」といわんばかりで、その態度はおよそ民主主義のトップにはふさわしくない、「俺のいうことに逆らう奴は許さん」式、独裁者の姿にほかならない。
 さきの知事選、つづく衆院選にあらわれた民意を、どこに置き忘れたのか。

 ついでに(またかよ…)という疑惑が、辺野古の新基地に建設される護岸にもちあがってきた。その長さが当初案から変更され、強襲揚陸艦も接岸できる規模になっている。という。そうなれば飛行場兼軍港になる。

 なんで、そこまで沖縄を痛めつけようとするのか。
 内地に痛み分けもできない、というのは、どういうことか。
 「反対されるにきまっているから」というのであれば、だから「沖縄だって反対している」のに、「しょうがない、なりゆきなんだから我慢しろ」という。
 いくらなんでも、それはない、それだけは許されない、でしょう。

 これまで頼りにしてきた”海保”が、反対派の人々に牙をむいた不安もあり。
 (じつは”海保”だってオカミなんだから、そういうものなんだけれど…)
 このままでは、いずれ”流血”の事態にまでいきついてしまいそうで、やりきれない。

 ぼくは、4月に沖縄巡礼を予定しており、辺野古の現地も訪れてみるつもり。
 そのとき、どうなっているか、どうなることかの、予測もつかない。
 沖縄の地方紙、「沖縄タイムズ」「琉球新報」の紙面にくらべると、在京・全国紙の扱いにも落差がある。

 (きょうの紙面は、とりあえず春の選抜「糸満、破れる」の甲子園記事で、一息ついた格好だが…)

 やっぱり遠いな、沖縄は。無理に遠すぎる気がしてならない。
 なんとかなるものなら、独立したほうがいい、させてあげたい。