どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《戦後70》長崎巡礼⑩-ばってらと茶碗蒸し-/      ”卓袱”は”和華蘭料理”が正解でしょう

-No.0551-
★2015年03月26日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 1477日
    (高倉健没から →  136日
★オリンピック東京まで → 1947日






◆絶妙「茶碗蒸」の吉宗の「ばってら」

 雨の長崎の、遅い昼どき。
 浦上には食事のできる店が少ないうえに、(あった)と思ったら定休日の札が下がっていたりで、やむなく市街へもどることにしました。
 城山小学校平和祈念館まで、午前中いっぱいの戦争の爪痕めぐりから、いったん気分一新しておきたくもありましたし。

 タクシーをひろって、運転手さんに尋ねたんです。
 「ちゃんぽん」は味わったから、あとは「卓袱〔しっぽく〕」になるんでしょうけど、まだ昼だし…どこか、そんな雰囲気の味わえるお店おしえてくださいな。
 
 こころえた運転手さんが、連れて行ってくれたお店は浜町の「吉宗〔よっそう〕」。
 このたび、でかける前に、ざっとだけれど下調べをした、かみさんによれば「茶碗蒸と蒸寿司が美味しいそうよ」。

 ぼく、茶碗蒸しには、一言あります。
 ボクには、あってもなくてもいい食べもので、食事なのかデザートなのかも判然としないもの。
 プリンてデザート菓子(…ですよね)がありますが、あれと似たようなもんです。

 おまけの一品て感もあって、宴会料理なんかだと、蓋も開けずにのこす人が多い。
 あるとき、給仕のお姐さんにこっそり尋ねたら、「はい、そうですねぇ」うっかりすると半分くらい手つかずなこともあるそうで、「お酒むきじゃないのかしら」美味しいのにもったいないと思いますよ、とのこと。
 つまり、そういう食べものです。

 卓袱料理の、コースの一品にもきっと入っているはず。
 卓袱料理については、前に長崎出身の方から、「あれはつまり和華蘭〔わからん〕料理、みんなでわいわい愉しむのにいい」と教わったことがあります。
 中国料理の円卓をかこむ形のグループ会食にむいた食事で、個人的なお膳とはちがうわけですから…。

 吉宗の、2階の軒に赤提灯をズラッと吊り並べた、そうですね、東京だったら神田か浅草かっていう、下足番に履物あずけてかわりに木札をもらって上がる、そんな店の雰囲気はあたし好きですから。
 もう、それだけで卓袱だろうとなんだろうと「いいよ」って気になっちゃいました。

 たのめば、お膳に仕立てたお昼の卓袱なんかもあるようでしたが。
 結局、どんぶりみたいに大きな器でいただく茶碗蒸に、これも味自慢という「ばってら」をたのんで、かるく一杯ビールつき。
 爺っちゃ婆っちゃには、これくらいがいいところです。

 …で、ズバリ評判させてもらえば。
 「ばってら」の佳さが絶妙でした。京都をはじめ各地に旨い「ばってら」がありますけど、ここ吉宗のもいい、ぼくの食べたかぎりでは、まちがいなくトップ3に入ります。

 それと、茶碗蒸しが「ばってら」に似あってたのに、びっくり。
 すると、名代の「茶碗蒸に蒸寿司」なんてのも、うんワカルなぁ。

 …で、ぼくはふと気づいたんですが、茶碗蒸しってのはアレ、食べものというより、「汁もの、吸いもの」の役どころなんじゃないだろうか。