どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

”平和ボケ”にも2種類あるんじゃないか…と考える/あってはならないことだけれど危険はキケンだ

-No.0550-
★2015年03月25日(水曜日)
★《3.11》フクシマから → 1476日
    (高倉健没から →  135日
★オリンピック東京まで → 1948日




◆どこにも”安全圏”などありはしない

 ニッポンは”平和ボケ”にちがいない…と、ぼくは思ってます。
 ただ、(いいんじゃないですか)と微笑ましいボケと、(いいかげんにしなさいよ)と叱りつけたいボケとがあります。

①いいんじゃないですか型”平和ボケ”
  
 この国が(近ごろなにやらオカシなぐあいに歪んできてはいますが)、他にくらべればまぁ治安はよく、現実の生活に不満・不安はあっても、なんとか暮らしてはいけてる。

 だから「そう、”平和ボケ”なんだよね」と、ちゃんと自覚したうえで、その”平和ボケ”にはじつはいつも危険がひそんでいることを、心えている人の場合。

 そういう人は、片時も忘れず…とはいかないまでも、折にふれ時に感じて、”平和ボケ”に潜む危険に注意する、チェック機能をはたらかせる準備ができているから、〈いいでしょう〉なんですね。

 つまり、ボケてることは分かっている〈まだらボケ〉。

②いいかげんにしなさいよ型”平和ボケ”

 じぶんが”平和ボケ”だなんて、思ってもみない人。

 ”平和ボケ”でどこがわるい、なぁんて居なおっっちゃって、なんにも考えようとしない人。

 ”平和ボケ”には〈落とし穴〉の危険がある、と分かっても、それをいつも〈他所〔よそ〕ごと〉〈他人〔ひと〕ごと〉にしてしまう人。

 いずれにしても、つまりは〈まるボケ〉。

 これはマズイ、ダメなんですね、治すんなら「いまでしょう」。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 チュニジアチュニスで、邦人もまきこまれるテロ事件がありました。
 観光客を無差別に狙ったと思われる非道な犯行。
 なんの罪もなく被害に遭われ、亡くなった方のご冥福を祈るばかりです。
 
 そのうえで、あえていま、もうしあげたいことがある。
 いいかげんに”他人頼みの安全”やめにしませんか。

 ”アラブの春”唯一の成功国で「治安はいい」といわれていた、とか。
 でも…です。

 どこの誰が言ったにしても、どれほど信憑性の高いところからだされた情報にしても、それを丸のみに信じるのは、やはりまずいんじゃないか。

 こんなことになるとは夢にも思わなかった、気もちはわかりますけど、それじゃ、命を他人さまに預けちゃったようなものでしょう。

 たしかに、「気をつければなんとか防げる」ものでもありません、が、「いつも不時に備える気がまえがあるか、ないか」は、やはり大切なことだと思います。

 旅が生活の一部になっているぼくは、根っから半端な人間ですけど。
 家族にも、親しい友にも、自分がいつどこで果てるかも知れないこと、まただれの死に目にも逢えないかも知れないことを、伝えてあります。

 おかげさまで、これまでのところは、アクウンがツヨかったようですが…。

 オウム真理教による”地下鉄サリン”事件から20年。
 あれだけのショッキングな重大事態を経験、あるいは報道で見聞きしながら、いまだに、その後を継ぐ組織が存在し、信者をふやしつつあることに無関心な多くのニッポン人て…あんまり暢気すぎやしませんか。

 世界中にショッキングな大衝撃を与えた”フクシマ原発事故の、当事国の国民が、わずか4年かそこらで、まだ事故”収束”もしていないという状況も忘れ、原発再稼働だ、廃炉のあとはもっと大出力のものを新設だのと…。
 
 オカシイんじゃないですかね、ハズカシクないですか。

 この国ニッポンは、ついさきごろ我が首相が大演説をぶって、過激テロ組織ISに挑みかかるがごとき姿勢を明らかにしたんです。

 その是非はどうあれ、もうすでに、国の内外どこにだって〈絶対の安全〉なんてものは、ありっこない、あたりまえのことじゃないですか。

 もしかして、あなたはもう、お忘れですか。
 東京電力が福島第一を含む原発について、「絶対安全」と大見栄きりつづけていたのを…。
 そうして「オール電化」なんて”幻”を売りつづけていたことを…。