どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

「星空とともに」忘れられないこと…/      あの日《11.3.11》雪が舞い、満天の星夜になった

-No.0545-
★2015年03月20日(金曜日)
★《3.11》フクシマから → 1471日
    (高倉健没から →  130日
★オリンピック東京まで → 1953日




◆灯りが消えて…星空がのこった…

 2011年3月11日2時46分、東日本大震災のとき。
 数次にわたる大津波が沿岸を襲ったあと、わずかな時をおいて日暮れがきた。
 津波といっしょにきた雪がやむと、星空になった。

 生きのこされた命を抱いて、見上げた人もあれば、息絶える前の、ふるえとおののきのなかで見上げた命もあったろう、たくさん、たくさんあったろう。

 その星空は「見たこともない」ほどに、冴え冴えと、天に満ちていた。
 三日月のすぐ左にオリオンが巨きく見えた…と。
 はじめてたくさんの星座を識ることができた…とも。

 大地震と、それにつづく大津波で、ほとんどすべてが失われた地上からは電灯も消え、それが星空をよみがえらせた。

 避難所の冷たい床から這い出て、(そんな場合でない)と想いつつも放心したように、無心に星空を眺めたのは、子どもたちばかりではなかった。

 また、別の多くの人たちは、この星の降るようなまたたきは、そのひとつひとつが亡くなった人たちの命に想われた…。

 《11.3.11》の満点の星の夜空に、被災した人たちの〈あのときの星空と津波〉にまつわるさまざまな声、かずかずのエピソードを織り交ぜて投影される番組を見た。
 「星空とともに」
 仙台市天文台が製作したこの番組は、今年4年目の3月11日にあわせて全国15か所でも投影されたのだという、けれども…。

 たとえば東京では2か所だけ、都心ではどこでも投影されることがなかった。
 ぼくがわざわざ見に出かけたのは、多摩湖狭山湖に近い東大和市郷土博物館。
 「よくなさいました」と、ボクは担当の方にお礼を申し上げたが。

 なぜ、このような企画がもっと広くゆきわたらないのか、と思う。
 40分ばかりの映像、編集すればテレビで放映することだってできるだろう。
 来年からでも遅くはない、《11.3.11》の夜は、全国・全局を通じてこの番組を放映すること。
 あのときの記憶を”風化”させないためには、それしかあるまい、とさえ思う。

 東大和市郷土博物館での投影は、8日間、1日1回。
 この日(18日)は、定員100名の席がほぼうまった。
 平日の午後はやく、近在の方(それもほとんど老齢者)が大半であったが、なかにはボクらのように遠くから駆けつけた人もあった。

 郷土博物館の常設・企画展示も見せてもらったが、なかなかくふうの凝らされた内容になっていた、こうした施設の運営は一に人材にかかっていることを、あらためて痛感させられもした、いい一日だった。