どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《戦後70》長崎巡礼⑦-谷を越え平和公園の高台へ-/鳴りわたってきたおだやかな鐘の音

-No.0543-
★2015年03月18日(水曜日)
★《3.11》フクシマから → 1469日
    (高倉健没から →  128日
★オリンピック東京まで → 1955日

立春を前に、車の窓を開けて走れるほどの陽気になった*






◆降りけむる雨に”天使のお告げ”

 浦上天主堂から平和公園へとまわる。
 おなじコースをたどる人も少なくない。

 ちょうど、いったん丘から下った道をおなじだけ向こうへ上り返す感じになる。
 平和公園の丘には、むかし刑務所があった。その被爆痕も遺っている。
 …が、なんといっても、ここ”祈念像地区”とも呼ばれる「願いのゾーン」の中心は、長崎被爆の象徴ともされ、折々の紹介映像でもたびたび目にする青銅の「平和祈念像」。

 像高9.7メートル、重さ30トンという像の存在感は圧倒的だけれど、青春の日のぼくは、この像も見ていない。
 像とか記念碑のようなものを拵えて善しとする…ことにナットクのいかないものがある、若さゆえかも知れない。

 「原爆を指す」とされる、高く差し伸ばれた右手の先に、よく見ると避雷針のような尖がりが見える。水平に伸ばされた左手は平和を示す、その肘のあたりの下には立てた膝があり、雨風も凌ぎやすくなっているらしいところに、種類は判然としないが小鳥がしばらく留まっていたりする。

 傘を連ねて団体さんがやってくる、記念撮影カメラマンの声が響く、ぼくは踵を返して噴水の方へと避難する。
 祈念の諸像のなかに「長崎の鐘」があり、ボランティアの方が訪客に説明されていた。
 被爆死者たちに「水を…」と、傘をさしかけ、話しかける。

 ぼくはその方に尋ねた。
 「この鐘を鳴らすのは…」
 「はい、毎月9日の命日に」
 「天主堂の鐘は…」
 「あぁ、それなら毎日、朝・昼・晩に鳴らされてます。ちょうど、もうじきお昼ですね、そっちの丘のはずれの方に行けば、よく聞こえると思いますよ」

 ぼくの望みは叶った。
 いわれたとおりに、平和祈念像背後の、丘のはずれに立って待つことしばし…。
 雨にけむる正面の聖堂から、3度にわたって、おだやかな”天使のお告げ”の鐘の音が鳴りわたり、街の方へと余韻をひいていった。
 ぼくは冷気に身体がふるえてはじめて吾にかえった…。