どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《戦後70》長崎巡礼③-ランタンフェスティバルの夜-/はしゃぎ紛らわしたい気分のボクがいた…

-No.0539-
★2015年03月14日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 1465日
    (高倉健没から →  124日
★オリンピック東京まで → 1959日

*本日、北陸新幹線開業。CTスキャン(コンピューター断層撮影)みたいに、本州の真ん中辺で異常なほどのはしゃぎっぷり、「だいじょうぶですか」とお頭の熱を心配したくなるほどに。いっぽうで、上野-札幌の寝台特急北斗星」はラストラン。大阪-札幌の「トワイライト・エクスプレス」もともに、”旅情”のレールの時代がおわる。「北斗星」はA寝台だって狭くるしかった…けれど、”短絡”に逸る大勢に抗する気骨が愛された。”北帰行”タイプのボクもこの列車をこよなく愛した旅人のひとり*










◆つめたい夜風に揺らめく灯り

 長崎歴史文化博物館から暮れかかる坂道を歩いて、中島川・銅座川沿いの繁華街に出ると、掛け連ねられた提灯の灯りが徐々に明瞭になってくる。

 「長崎ランタンフェスティバル」は、ぼくらが駅に着いた午後3時ころから、すでに始まっていたようだ。
 新地の中華街をメインに枝を伸ばす光の連なりは行楽の人出を誘い、眼鏡橋のあたりでは川の流れのなかにまで、趣向を凝らしたさまざまな形の燈篭が見られる。

 ひとつひとつの規模からいえば、青森の”ねぶた”流しにはおよばないものの、数と趣向の多彩さではひけをとらず、異国情緒の色彩も濃い。
 七つの催し会場では、連日連夜、演しもの競演がくりひろげられ、そのまわりを屋台店の賑わいがとりまく。

 祭りの案内パンフには「100万人を魅了する冬の一大イベント」と謳われていた。長崎はいま、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」と「明治日本の産業革命遺産」、二つの世界遺産登録を目指している。

 こうして祭りのなかに身を置き、人の流れに身を任せていると、子どもの頃の、縁日にあじわった興奮のここちよさが懐かしい。
 程度と民族性のちがいを別にすれば、およそ祭りに酔わない人はないわけだし。
 そうすると極端な話し、準備と本番と後片づけまでを通して、絶えることなく祭りが繰り返されるかぎり、争いごとなどしてはいられない。

 もっとも、権力者が祭りに熱心になるときは、民衆を争いに駆り立て利用したいときなので油断がならない、ということもあるからヤッカイだ。
 たかが祭り、されど祭りの人の波…。

 傍らボクは、紛らわしたい気分を抱えて、祭りの群衆のなかにいた。
 はしゃいでいるうちに、ひょっとして、通りすぎてしまってくれるといい。

 夕食どきにいたって、新地(中華街)の混雑はすさまじいばかり。
 横浜中華街の、春節の頃の賑わいにくらべても遜色がなく、交通整理のプラカードを掲げた若者が群衆に押し流され
て行った。
 ぼくらも「ちゃんぽん」ほかの料理を味わい、ほろ酔うまでにかなりの待ち時間を要しながら、おとなしくはしゃいでいた。

 祭りの人気にあたって草臥れたその夜、ぼくは夢も見ずに爆睡したわけだが…。
 じつは眠りにおちる前、ふと、不整脈にも似たものがわだかまるのを感じていた。