どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

「放射線像」が本になった/           ”よそごと”どころか身近な汚染

-No.0536-
★2015年03月11日(水曜日)
★《3.11》フクシマから → 1462日
    (高倉健没から →  121日
★オリンピック東京まで → 1962日




 《11.3.11》から、きょうで4年。
 時のうつろい早く、(花粉症発症のせいか)目にするもの、みな潤みがちだけれど…。
 テレビには朝から、現地のいまを伝える画像が映りつづける、このときとばかりに…。
 それはそれでイイんだけども…な。

◆加賀谷雅道『放射線像』(皓星社刊)

 (フェイスブック・ページ=https://www.facebook.com/pages/%E6%94%BE%E5%B0%84%E7%B7%9A%E5%83%8F%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%82%AA%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%95/420998404694216?fref=ts

 放射線を撮る、放射能を可視化する。
 若きカメラマンと知りあったのは、昨年(2014)春のことだった。
 
 現実を見つめるカメラ、見すえるカメラマンはたくさんあったが、〈見えない現実を見えるように〉したのが、彼だった。

 ぼくが10回目の被災地東北巡礼から帰ったばかりのところに、出逢いが待っていた。
 彼の「放射線像」写真展がきっかけで、5月にはもう、サンプリングに同行させてもらっていた。
 (-NO.0220-2014年4月29日記事「放射線像」に脈うつものhttp://blog.hatena.ne.jp/sashimi-fish1/draft-scat.hatenablog.com/edit?entry=12921228815722721814、および-NO.0296-2014年7月14日~-NO.0299-2014年7月17日記事、サンプリング同行記①~④)

 そのときの成果も、こんどの本に載っている。

 ふしぎなカメラワークというのか、放射線像の撮影に彼のカメラは役にたたない。オートラジオグラフィー呼ばれる特殊な手法でしか、放射線をとらえられない。医療用のX線フィルムに放射能は沁みてはじめて像をむすぶ。
 (それで本は、オートラジオグラフィーの専門家、森敏東京大学名誉教授との共著になっている)

 だから、放射線像カメラマンの役どころはサンプリング、あるいはスタイリスト、コーディネーターといったところだ。
 
 1泊2日のサンプリング行は、浪江町飯舘村の境あたりの山野で、ガイガーカウンターの音が高く低く鳴りつづけるなか、半日もすると軽い頭痛にみまわれたのは気のせいかどうか…。

 さまざまな生物の命のうえに、また人々の暮らしをとりまく環境の隅々にまで、撒き散らされ沁みて蓄積された放射性物質は、”循環”に沿ったかたちの黒い点描によって隠れた相貌を現わす。

 それは、むしばむ禍々しさとして、ときにはまた、妖しさを秘めた美しさに変化〔へんげ〕して、実相を伝える。

 手にして、置きたい。
 書棚にしまうのではなしに、いつでも開ける身近な座右に。

*写真=右は、サンプリング中の著者(浅生撮影2014年5月)*