どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

”植林杉”の熟年期を迎え花粉の蓄積量もピーク/  ボクの”花粉症”は出遅れか真打か

-No.0525-
★2015年02月28日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 1451日
    (高倉健没から →  110日
★オリンピック東京まで → 1973日




◆”花粉症”じゃありませんかぁ

 かかりつけ医が、不意に言うのダ。
 ぼくは一瞬、虚を衝かれて「はぁ…」、尻上りの声を上ずらせ、それから慌てて「(ブルル)それはナイです」と否定した、というより拒否のニュアンスが濃厚であった。
 (まさか…よしてくださいよ、そんな縁起でもない)
 ぼくは、じぶんに”花粉症”の気があるなどとは、毛頭、思ってもいなかった。

 ぼくは、自然を愛しむ、野生に親しむことを好む、樵や杣人ほどではないにしても、森林の野山を歩き、樹医の資格をもち、ついでに杉・檜をこよなく愛する木工人でもあるのだから。
 (花粉なんか免疫だよ、笑わせないでくれ…)
 花粉のせいで目鼻がグシュグシュになるなんて、他人ごとだと。

 それよりも、歳のせいか風邪に弱くなった気がして、こまっていた。しかも、治りにくい。
 この冬も、インフルエンザの予防接種ちゃぁんと、受けたにもかかわらず鼻風邪をひきこみ、鼻水がぬけない。
 もともと鼻の粘膜が弱いとみえて、寒気は難敵、外から内、内から外への切り替えが苦手で、涙ぽろぽろ、鼻水ひくひく、人(ことにも女性の)前では恥ずかしい思いをするばかりであった、学生の頃から。

 かかりつけ医にも、それを告げた「花粉症じゃありませんよ」。
 それが1月のことで、2月になっても症状がおさまらないので、「どうも弱りましたね」って。
 軽い挨拶がわりのつもりで言ったのに。
 「花粉症じゃないのかなぁ」と、まただよ、こんどのはジャブなんかじゃなしに、ストレートできました。

 ボク、かかりつけ医には心臓(狭心症)の予後、再発予防の世話になっていて、月一に診察を受け、薬をもらっているのダ。なにかと相談しやすい間柄にもなっている。
「鼻水だけ、ですか、ほかには…」
「そぅ、ここんとこちょっと目が少しおかしくって、かゆいような…」
「…………」

 その場はそれで、なんとなく中途半端におえましてね。
 ぼくはガンコもんじゃありませんから、考えなおすことにして、あれこれ症状と時期の検討をしなおしました。

 かみさんには先に花粉症がでていました、数年前からですね。「花粉がとんでる」のがわかるようになっていましたが、ぼくには感じられません。でも、近ごろのボクの症状から
「仲間入りしたんじゃなぁい」
 彼女はからかうのです。

 かかりつけ医の看護師の奥さんは、かなり先輩の花粉症患者で、この時節になると潤んだ目でボクを見つめます。
 ほかにも、まわりには花粉症の知りあいが少なくない。
 その数が増えつづけ、上昇カーブがますます右肩あがりなのは、戦後さかんに行われた針葉樹の集中植林、その森や林がどんどん成熟期を迎えて、花粉の飛散量も多く、人の体内に蓄積する速度もはやくなっている、という。

 花粉症の原因に、埃っぽい空気も一役かっているのは明らかで、ボクは埃っぽい世の中をなるべく遠ざけていたつもりだけれど、息苦しいマスクが嫌いだし、花粉は友だちだし、木屑にまみれてもいる…。
 いつ花粉症になってもオカシクない、状況にあることはアルのだ。

 しかし、この冬(昨シーズンもそうだった)鼻風邪をひきこみ、治りにくいままに引きずったことも確かに思える。
 すると、〈鼻風邪から花粉症へ〉のタスキリレーだかバトンタッチだかが、きわめて巧妙に行われていた、ということだろうか。うんむぅ…それならありうる。
 まだ朧げながらナットクの道筋が見えたら、とたんにクシャミがでて、目がかゆくなってきた。

 ぼくは、月一以外、イレギュラーの診察にかかりつけ医を訪れ、飲み薬と点眼薬の処方箋を書いてもらうことになった。
 それが、遅ればせであったか、はたまた真打登場であったか、などと愚にもつかないことを想いつつ…。

 ときはいま、寒さなお厳しいなかにも、春の訪れる気配は日に日に濃く。
 早くもそれを先どりして、猫の恋の季節がはじまった模様、外ではしきりにオス猫の、悩ましく唸る声がする。
 あぁ、ぼくの悩みもなんとかしてして欲しいよぉ…。