どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

”ど真ん中”の東京と”最西端”の与那国島と/    ボクらは”都会ボケ”の痴呆症かも…

-No.0521-
★2015年02月24日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 1447日
    (高倉健没から →  106日
★オリンピック東京まで → 1977日




◆中学生も〈自分の頭で考えて〉住民投票に加わった

 おとつい、日曜の22日。
 東京では、「東京マラソン2015」大盛り上がり。
  
 ひそかにシンパイしていたテロ騒動の気配もなく、ランニングポリスに「がんばって」の声援がとんで、外人ランナーや観客たちにも大好評で無事おえた、という。

 でも、ほんとのこといえば、中東のイラク&シリア地域からアフリカのリビアへと戦線を拡大したばかりのイスラム国(IS)にとっては、極東の日本のことまでかまっている暇がなかったから…にすぎないのではないか。
 さいわいにして、実際の距離感いじょうに”中国の向こう”のジパングは、遠すぎたのだろう。

 あるいは、さしむけるテロリストの人材?がなかっただけ、かも知れない。
 いずれ”時間の問題”には違いなさそうだ。
 (気をつけようぜ、友よ…)

 おなじ日、沖縄県与那国町では住民投票があった。
 日本の最西端、与那国島沖縄本島より、台湾や”緊張の海”尖閣諸島の方が近い。
 
 住民投票は、「陸上自衛隊沿岸監視部隊配備の是非と問う」というもの。
 工事は、誘致派町長の要請を受けるというかたちで、すでに来年の完成を目指して進められている。住民投票の結果にしても、法的拘束力はない。なのに住民投票ということは、賛否両論で島は真っ二つ、これまでも日ごろの人間関係さえ蝕むかたちで対立がつづいてきた…。
 
 島の総人口1497人、投票の有資格者1276人のなかには、中学生40人がふくまれた。
 結果は、賛成632対反対445(投票率は85.74%)。
 中学生の子をもつ親のひとりは、「自分で考えて投票しなさい」と伝えたといい、投票した中学生のひとりは「島の将来を考えるいいきっかけになった」と答えた、と新聞にあった。
 そんないい親や子ばかりであったらいいがな…と、すいません、ボクなどは思ってしまった。

 だって、そうじゃないですか。
 将来のことを考えれば、中学生にも住民投票の権利が与えられていいだろうし、いまの子どもたちがいる情報環境からしてもやむをえない気がするけれど。問題の本質はそんなことじゃなくて…。

 ぼくは、マララさんのノーベル平和賞受賞のときにも、「反対するわけじゃないが」といったことがあるわけだけれども。(じゃ、ぼくたち大人はどうすればいいんですか)という難題が巨大に膨らんでいくばかり、じゃないですか。
 「大人がオトナである理由を、どこに見いだせばいいのか」ってことですよ、ネ。

 人口減に、”人の住む島”の消滅という現実に向きあえば(ついでに領土問題のことも思えば)、若い自衛隊員の来島を歓迎したい気もちもわかるし。
 でも、そんな策は結局、急場しのぎのカンフル剤にすぎなくて、島の発展にはむすびつかないだろう。先の戦争のときと同じように島民が敵の攻撃にさらされるだけかも知れない。
 オトナたちにもどうにもできない問題に、子どもたちをまきこまざるをえないことが、ただただ情けない。

 沖縄本島の方も、基地問題で揺れつづけている。

 おなじ日、辺野古(米軍普天間飛行場の移設先、宜野湾市)では、反対運動の指導者2名が集会を前に逮捕された。米軍キャンプ・シュワブ基地内に正当な理由なく立ち入ったという理由で。
 ”本土”でも、(各地で何度もあった)社会運動への弾圧の典型的なカタチは、世紀が新しくなってもぜんぜん変わらない。
 対立の構図を変えることができない理由も…ここまで果てしなくつづいてしまったことを思うと、双方に考えや工夫がたりなかったといえるのではないか。

 沖縄のいま、緊迫する辺野古のいまを
「本土は共感しているか」
 と訴えたのは東京新聞、1月22日(木)のことだった。
「東京では見えぬ沖縄の現実」
「現地メディアと温度差」

「ジャーナリズムの使命忘れた在京紙」
安倍政権の暴挙 全国に伝え世論喚起を」
 しかし、それでもズレはズレたまま、スリキレてしまいそう。

 ぼくも、自身に、その歯がゆいズレがあることを認めないわけにいかない。
 恥じて、その対策に、ネットの〈お気に入りバー〉一覧に「沖縄タイムズ」と「沖縄新報」2紙をくわえ、少なくとも毎朝、トップ記事には目を通すことにした。
 
 辺野古では、その後、逮捕された2名がその夜(23日)には釈放されたこと、その事実も沖縄タイムズの24日の記事で知った。
 ぼくは、こうして、辛うじて”都会ボケ”痴呆症から免れ…られるだろうか。