どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

「2020TOKYO」大会の開会式は二重橋前広場で/  国立競技場はそのぶん規模を縮小…の磯崎案

-No.0504-
★2015年02月07日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 1430日
    (高倉健没から →   89日
★オリンピック東京まで → 1994日




◆前回「東京オリンピック」は国威発揚型だった

 
 磯崎新さんという、建築設計の大家がおられる。
 (そうだ)といったほうがいいな、建築事情通でないボクは存じ上げなかった。
 その磯崎さんが、国立競技場の考え方からして「古い20世紀型」だと、おっしゃった。
 新聞記事になったのが、去年の12月。

 「計画そのものを見直したほうがいい」とする、磯崎さんの論点は、3つ。

 1番に、派手デカな競技場で国威発揚というのは時代遅れだから、もうやめにしよう。
 メイン会場で開(閉)会式を、10万人をアリーナに閉じ込めて行うことはない。10億人が世界で見ている、ことを念頭に演出する。その会場は皇居・二重橋前広場、仮設の会場(舞台装置)を造ればいい、アイドルをつくるような発想じゃいけないな、と。

 たしかに、そのとおりだと、ボクも思うが。アノ1964年「東京オリンピック」の開会式の興奮を想いだすと、アレがないのは寂しい気もしてしまう。
 しかし…アレから半世紀、アノときから大きく変わった時代、環境に思いたってエイヤッとばかりに頭を切り替えてみれば、そうだよねぇ…皇居前もいいかも…という気がしてきた。

 2番目に、旧来の「メイン会場」という考え方をやめれば、国立競技場は陸上ほかいくつかの純粋な競技場としてシンプルに、コンパクトに、サスティナブル(持続可能)なものにする。その考え方で、ザハ・ハディトさんにあらためてデザインをしてもらう、と。

 これについては、これまでの国立競技場でも充分なくらいなのに、敢えてどでかい容れもの造って、その後の(間違いなくそうなるだろう)赤字をどうするのか、その責任は誰がとるのか、疑問だらけなことは、ぼくも指摘してきた。
 ただし、規模縮小ばかりかコンセプト自体が全然ちがってしまうものを、ハディトさんに再依頼するというのはどうか、と思う。彼女だって受けたくはないでしょうしね。

 3番目に、これは東京の都市問題でもある。リニアだ高速道路の大改造だ、なんだかんだと、仕掛けはすべて全国から東京に人を吸い寄せる作用のものばかり、結局、東京一極集中の象徴にしかならず、しかもその将来は巨大な〈粗大ゴミ〉を抱えることになるのだ、と。

 異議なし、デス。

 ザハ・ハディトさんの新競技場デザイン自体、クライアントにあわせて変更を繰り返した結果、つじつまのあわないものになってしまった「これはすでに彼女のデザインではない」とまで磯崎さんはいう。

 これにも、ボクは異議なし、同感です。

 あのデザインコンペ入選作にあった、宇宙からの贈り物を想わせるワクワク感が修正後は失せ、ただの自転車競技用ヘルメットみたいなものでしかなくなった。
 磯崎さんよれば「列島の水没を待つ亀のような鈍重な姿」という。
 ふぅむ…。

 ところで、この磯崎案、支持者がそれなりにはありそうな気がして、じっと待っていたけど、いっこうにその気配がない。
 やっぱり大衆は、新国立競技場の大観衆で沸きかえる開会式の場面に、時代遅れであろうがなかろうが憧れてしまうのだろうか。
 フン、むぅ…。

*写真は、デザインコンペ入選当初のザハ・ハディト作品*