どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

『ハドソン河のモスコー』と『アメリカ アメリカ』/ロビン・ウィリアムズとエリア・カザンと…

-No.0501-
★2015年02月04日(水曜日)
★《3.11》フクシマから → 1427日
    (高倉健没から →   86日
★オリンピック東京まで → 1997日




◆アメリカのおもしろいとこ、おかしなとこ

 マイ・シネマで、ロビン・ウィリアムズ主演の『ハドソン河のモスコー』(1984年・アメリカ)を観賞。

 (正月、戦後70年の最初の一月を、亡くなったばかりの高倉健映画を観てすごしたぼくは、ちょうどサンドウィッチでも頬張りながらといった感じで-どっちがパンでどっちが具だかわかんないけれども-ほかの映画も観ていった、そのたびにスウィッチの切り替えができて効果的だった、なかでもピンと冴えた切り替えになったのがこのロビン・ウィリアムズの映画だった…健さんとロビンは、じつに好対照の二人)
 
 話しは、ごく明快なテーマで「憧れの自由を求めて、亡命」。
 東西冷戦当時の窮屈と窮乏のソヴィエト連邦。サーカスの楽団でサックス奏者の男(ロビン)が、公演で訪れたアメリカ、ニューヨークで必死の亡命を決行する、その顛末と、ほろ苦さも噛みしめながらの再出発。

 その重要な1シーン。
 ついに待望の亡命を認められた移民局、アメリカ市民権授与の式場で、ほかのたくさんの移民たちとともに“自由”を謳歌する場面が、ヨカッタ。
 いいとこと、よくないとこ、ごちゃまぜにした滅茶苦茶オモシロイ国アメリカの面目躍如。思わずウルッときてしまう。

 そのとき、ぼくの脳裏にはエリア・カザン監督の『アメリカ アメリカ』(1963年)、移民船のデッキから“自由の国”の港に向かって歓声を上げるギリシャ青年の姿がよみがえりました。
 あの映画を、ぼくもまた多感な18歳の青年期、涙ながらに(いいなぁ、ちきしょう)なんて、よくわかんない呟きとともに観たものでした。

 ギリシャ系アメリカ人、エリア・カザンの自伝的な小説を映画化したこの作品は、大いなる可能性と未知なる不安を抱き合わせのサンドウィッチにして、「かみしめろよ、自由を」とばかり、口いっぱいに頬張らせてくれました。

 …といってもエリア・カザン、いまの人にはわからないよね、きっと。
 『エデンの東』(1954年)で、あの主題曲とともにジェームス・ディーンを一躍スターダムに躍りあがらせた監督です。
 『欲望という名の電車』(1951年)ヴィヴィアン・リーマーロン・ブランド、『草原の輝き』(1961年)ナタリー・ウッド&ウォーレン・ビーティー、もエリア・カザン監督でした。
 それでも「わかんない」人は、ヴィデオ・ショップなりなんなりで借りるかどうにかして観てください、それしかないもの。

 お話し、もとにもどって。
 『ハドソン河のモスコー』では、終盤、ロビン演ずる主人公が“自由の国”アメリカ社会の矛盾に突きあたって、「これは自由なんかじゃない」とブチまける場面があります。
 カザンの『アメリカ アメリカ』にも、似たような矛盾の影がちらちらよぎった記憶がありますが…。
 “移民”と“亡命”の違いでしょうか、それとも両作品間にある20年という時間のせいでしょうか、大きな落差があることもたしかでした。

 もしかするとこれは、後にアカ狩り扱いなんかもされたりした求道的なカザンと、ヒューマンでユーモラスが持ち味のロビンとの間に、象徴的に現れた差なのかも知れませんね。