どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

ぼくん家の「人形の家」事情/          すきなんだけどぉ…(の心境)です

-No.0493-
★2015年01月27日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 1419日
    (高倉健没から →   78日)
★オリンピック東京まで → 2005日





◆カントリードール

 かみさんが緑内障の手術で入院したとき、たまたま同室になった手芸の先生に教わって、カントリードールをこしらえた。

 カントリードール。
 「田舎の…」「(西部開拓)古き良き時代の…」「懐かしい…」お人形さん、カントリー・アンド・ウェスタンの匂いもする。

 20世紀末、ローラ・インガルス・ワイルダーの小説『大きな森の小さな家』、ドラマ化された『大草原の小さな家』の頃、一時期はやった記憶もある。
 いまは、材料の入手にも苦労するとか…。

 ぼくは、人形によわい。
 好きなんだけど、怖いんです。

 むかし、ぼくの家にも、大きな日本人形があって。母が大切にし、姉さんはこの人形を抱いて遊んだんですが。
 和服姿の、おかっぱ頭の、とてもつよい存在感をもったお人形さんで。
 目がガラスで、土でできた身体はしっかり抱き重りがして。

 あるとき、ぼくが、なにげなくいじっていたら、小指の先がポロっと折れて、ぱらぱら細かい砂のようなものがこぼれて…。
 それ以来、すっかり怖くなりました。

 柳田国男の『遠野物語』に出逢うと、ごく自然に、二つの世界がひとつになって。ぼくんちの日本人形は、そのまま、「おしらさま」の飾られた座敷の床の間へ“里帰り”していきました。

 ですから、ぼくは、お人形さんを意識しすぎるんだと思います。
 好きなんだけど、同居はしたくない。

 それでも、たぶん、気分にむらがあるんでしょうね、ふとしたはずみで、お人形さんを買ってしまうことがある。

 右のは、かみさんと一緒になったばかりの頃、六本木のとあるお店で出逢ったお人形さん。「わたしは、ここよ」って感じで、スッと同居することになって、ぼくは「ばあちゃん」って呼んでるんですが…。

 カントリードールが姉妹で座れる
「ベンチを作ってあげたいな」と、
 かみさん。

 すこし暖かくなったら、木づくりで…たぶん、きっと、ボクがやることになるんでしょうね。
 お人形さんには、あんまり、あれこれしたくはないんですけど。

 「お人形さんに名前なんかつけちゃイケナイんですってね、情が移るからって」
 かみさん、先生からいわれたそうです。
 フム…。

 家では、お人形さんに名前つけたことありません。
 これからも、しません、それだけは…。