どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

初優勝の青学大が伝統校をぶっちぎったホントのわけ/2015「箱根駅伝」を終えて想ったこと

-No.0492-
★2015年01月26日(月曜日)
★《3.11》フクシマから → 1418日
    (高倉健没から →   77日)
★オリンピック東京まで → 2006日




◆行け青学、めざせ“ぶっちぎり”

 青学大の往路初優勝が。
 2位明大に4分59秒差、3位東洋大に6分49秒差、4位駒大になんと7分25秒差…は、いかにも大きかった。

 復路で追走、逆転をねらう立場のライバル校がこぞって、「くるしい」と認めざるをえなかったのは、それだけ5区山上り、神野大地くんの走りが素晴らしすぎたためです。他校は脱帽のほかなく、ついでに、あまりにみごとな下剋上に、ただただ口をアングリ。
 「箱根では、まだ、なにがあるかわからない、追いかけます」
 インタビューの最後に、意地のコメントを絞り出すのがやっとでした。

 復路のスタートがきられる前から、ぼくは雑煮の餅に箸をつける前に、青学大に前祝いの杯を上げていました。
 こうなったら、もう、「あとがこわい」なんて言ってられない。
 とことん行け行け、ぶっちぎれ。
 他校にできる挨拶、アスリートとしての仁義は、それしかないでしょう。

 万が一、マチガイが起こるとしたら、油断か気の緩み、のみ。
 それほどにデカイ、5区の「ちょきちょき貯っ金」。

 5区の裏返し、山下りの6区で、青学大の村井駿くん(3年)、途中であった脚の痙攣を克服して区間2位の走りを見せ、前回おなじ6区での惨敗(18位)にリベンジを果たした時点で、原監督はイケる自身を深めたに違いない。
 
 以降。
 7区、小椋裕介くん(3年)、区間賞。
 8区、高橋宗司くん(4年、被災地宮城・利府高校)、連続の区間賞(自身一昨年につづいて8区で2度目)。
 9区では主将の藤川拓也君(4年)が、みごと3連続の区間賞で、初の復路優勝にプラス総合優勝も確実にして見せました。

 藤川くんは、故障でサポートにまわっていた同じく4年の川崎友輝くんから、横浜駅前のポイントで給水を受けてガッツポーズ、余裕の笑顔をかわす名場面まで演出。
 アンカー10区の安藤悠哉くん(2年)も、無難に区間2位の記録でしめくくり。

 区間賞3つと区間2位2つのみの、復路も5時間25分29秒で圧勝。
 往路優勝5時間23分58秒とあわせて、10時間49分27秒の総合初優勝は、記録としても立派。
 2位に10分50秒差のぶっちぎり、おみごと。
 10区間を通しても、区間賞5・区間新1・最低成績が区間5位、いうことなし。

 ちなみに2位は、復路では一度もトップを窺うことすらできなかった“本命”駒大、3位東洋大、4位明大、5位早大
 10位以内のシード権争いでは、往路で上位を占めた大学が順当にすべりこんだなかで、往路10位だった中大が復路大ブレーキで脱落、かわりに13位だった山梨学院大が盛り返してみせた。

 青学大の躍進の陰には、選手たちと寮生活を共にする原晋監督夫妻の、「生命力や人間力も」見守る細やかな心配りが見のがせない、という。
 他大学の各校にしても、それぞれに苦心の指導法があるだろうから、これ以上はいうまいが、「わくわくするような華やかな陸上界にしたい。そうじゃないと、選手を他競技にとられてしまう」という言には、説得力がある。
 ちなみに、青学大陸上部の活動拠点は「ちゃらい」渋谷ではなく、都下郊外、ぼくの住む町田市に隣接する相模原市…関係ないデスけど。

 いっぽうで、2010年には大学駅伝3冠を達成したかつての名ランナー、早大渡辺康幸監督は11年の指導者生活にくぎりをつけた、ご苦労さまでした。