どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

日本政府は他国に配慮より、自国民の命にこだわれ/身代金を払っても「テロには屈しない」道はある

-No.0491-
★2015年01月25日日曜日
★《3.11》フクシマから → 1417日
    (高倉健没から →   76日)
★オリンピック東京まで → 2007日




◆“72時間”後の暗鬱な時のながれ

 あのとき…1月20日、火曜日の午後。

 イスラム国が拘束した〈日本人2人に対する2億円の身代金要求〉と、その期限“72時間”指定があってから、ぼくの思考と生命維持の生活リズムは、おかしな具合に齟齬をきたしたまま、虚しいからまわりをつづけています。

 そうして23日の金曜日、期限とされた“72時間”をすぎた後も…。

 拘束されたうちの1人が、どうやら殺害されたらしい。
 のこされた1人が、まったく憔悴し怯えた表情で、日本政府に助命を訴えていました。
 安倍総理の表情は困惑きわまり、菅官房長官の顔にも怯えの影がよぎりました。
 「怯えるな」なんて…そんなんじゃないです、ぼくにも怯えがある。
 国の指導者には、もっと真剣に怯えてほしい。

 「テロは許されない」のは、そんなの、あたりまえ。
 「テロに屈しない」のも、それはそれで、いいんです。
 そのうえで、“命を奪われること”には、正直に怯えてほしい。

 欧米諸国間で「テロ組織の身代金要求には応じない」約束がなされている、といいますが。
 アメリカとイギリスの旧二大国は、自国の文化的な衰弱も手伝って、心底ふかい怯えのうえに、“最後の砦”を死守するほどの思い…かも知れませんが。

 ほかの国々は、人質解放のためには、裏金を払うことまで含めて、あらゆる可能性をもとめて、ふところ深く応じているらしい情報もありますよね。
 それが、あたりまえだと、思いませんか。

 なんで、たとえ同盟関係にあるとはいえ、他国の事情につきあってまで、自国民の命に冷淡でいられるのか…そっちのほうが、おかしい…んじゃないかな。

 身代金を払って人質を助けたあと、「それでもテロには屈しない」と、堂々と訴えていけばいい。
 身代金を払えば、それが、次の人質誘拐やテロの資金になる…っていいますけど、じゃ、人質を見殺しにして、テロはなくせますか。
 それまでに、どれだけ自国民の命を代償に払うと、いうのですか。

 先進文明国が、新興国や発展途上の国々や地域を、みずからの利益のために、食いものにしてきたことは、歴史としてあきらかな事実ですよね。
 この間に押しつけてきた、さまざまな形での不利益や“怯え”が、いまは“返し波”になって先進国の岸を洗っていることも、事実でしょ。

 人として、卑屈になることはない、と思いますけど。
 他人のことには、まったく思いも及ばない、思慮にかけた“差蔑”意識や、その表れが、思わぬ不幸な方向に人類を押し流してしまうことのほうが、テロにもまして怖いです、心底“怯え”ます。

 農耕民族だからどうの、狩猟民族だからどうの…は、このさいやめて。
 日本人ほど“怯え”る心情を理解する、ナイーブな民はないと思っています。

 あのときから始まった、暗鬱な時のながれ。
 ほかに、これといった大きなニュースがなかったから…ですか、違うでしょ。
 これほどの大事が、ほかにありますか。
 天候はまぁまぁ、穏やかに移ろっているのに…。

 やりきれないほどに暗鬱な空気が、日本の庶民の頭上を覆っています。
 “怯え”です。
 オレはちがう、なんて強がることはない。
 政府は“命の救出”に全力を傾注するとき、です。