どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

“禿鷲”はなぜ頭に毛がないのか…疑問が溶けた/  〈生きもの〉が〈生きる〉のに無駄はない、事実

-No.0464-
★2014年12月29日(月曜日)
★《3.11》フクシマから → 1390日
    (高倉健没から →   49日)
★オリンピック東京まで → 2034日




◆「録画」は、ぼくの「辞書」

 テレビのケーブルデジタル番組を、ぼくは録画で愉しむ。
 そのほとんが映画と、そして自然系。
 毎月、送られてくる番組ガイドの本には、かならず、ひととおり目をとおして、録画する番組をチェックしておく。

 新聞のテレビ番組欄など見るのは面倒で、稀なことだが、どっさりあるケーブル提供の番組から観たいものを探すことは、一向に苦にならない。
 有料のオプション・チャンネルもあるけれど、ほとんど利用しない。有料番組でも、気長にかまえて待っていれば、そのうちに、在京キー局のBSデジタルなどが放映してくれることが多いからだ。

 いずれにしても、予約録画である。
 後で好きなときに観ればいいから、時間は自由にできる。
 だいじな番組は、ブルーレイ・ディスクにとっておく。

 自然系でもイチオシは、「アニマルプラネット」。
 食事どきなどに、なにげなく流し観ることも多いが、それでも傍に置いたメモ用紙には、気になったこと、興味深く感じられたことなどが、いろいろ書きとめられていく。
 もちろん、録画保存される番組もある。
 
 「録画」は、ぼくの「辞書」といってもいい。
 つい最近の一例は、「禿鷲の真実」にふれたこと。

 アジア大陸のドキュメンタリー番組で、死んだ大型動物の腐肉をあさるハゲワシの映像。
 どんな肉食動物もかならず、真っ先に喰らいつくところが栄養豊富な内臓である。
 その腹中に頭を突っ込んで食事中の姿に、ナレーションがかぶる。
「ハゲワシの頭に毛がないのは…」
 そこへ、禿鷲の血に塗れた禿頭がヒョイとあらわて、ナレーションがつづく。
「こうした食事のあとでも、乾きやすく、雑菌が繁殖しにくいからです」

 ボクは咄嗟に、メモ用紙をひきよせる。
 こうした興味深い貴重な情報が、どういうわけか、事典や参考書など、とくに学術系の本からは得られにくいからである。

 はっきりいえば「自然だいすき」、「動物も、植物も、お魚ちゃんも、み~んなすき」なボクにも、やっぱり好き嫌いはあって、禿鷲クンは好かない。

 この鳥を見ると、なぜか『ヴェニスの商人』の金貸しシャイロックのイメージとダブル。
 腐肉を喰らう、“風葬”の主である。
 
 この2点に尽きる。
 べつに猛禽類が嫌いなわけではなくて、フクロウなどは愛しているし、鷹・鷲の仲間も好きなのだけれど、禿鷲、禿鷹は、どうもいけない。
 皺くちゃの顔と相俟っていかにも「ずるそうな」、持てる力を出し惜しむ「抜け目のなさ」を想わせる風貌が、偏見の底深くに横たわっているのダ。
 名前に類似はなくても、姿形を見れば同類のコンドルなんかも、やっぱり好きになれない。

 この大自然ドキュメントを見たおかげで、そんな偏見にもかなりな修正が加えられたことは確かだが…「生きる」ための生きものの在り様に無駄はない証拠のひとつではあるけれども…ハゲワシやハゲタカとの間に蟠る偏見が雲散霧消するまでには、なお、しばらくのときが必要なようである。

*写真は、フリー百科事典『ウィキペディア』から拝借しました*