どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

「冬至かぼちゃ」は極旨の栗かぼちゃだった/力のある食べものには身体がよろこぶ

-No.0461-
★2014年12月26日(金曜日)
★《3.11》フクシマから → 1387日
    (高倉健没から →   46日)
★オリンピック東京まで → 2037日





◆22日に「冬至かぼちゃ」を食べた

 これが、極旨のうれしい「栗かぼちゃ」であった。
「栗かぼちゃ」というのは、「栗のようにほくほくした味わいの」ということであろう。
 「栗種」という品種のグループがあるそうだし、あとは改良新種の登場にしたがってさまざまな名のカボチャがあるらしい。

 北海道の伊達市で獲れたカボチャには「雪の雫」という名のシールが貼ってあった。
 皮は白緑色で、かみさんが包丁で、切るというより割るのに苦労したという。
 (そういえば、鉈割りカボチャなんてのもあたっけな…)

 ぷっくりと肥えた種を、とりかこむ実のオレンジ色が濃い。
 極旨「栗かぼちゃ」の特徴といえる。
 ただ蒸しただけなのに、ほくほくと口のなかでほぐれ、ほんのりした甘みも力づよいものだった。

 「ほくほくの食感」には、ボク、感慨深いものがある。
 
 戦後すぐの生まれで、食糧難の幼児期をすごしたボクは、芋(さつま芋)が嫌いで、カボチャも好まなかった。
 品種としても魅力にとぼしく、土も焼土で痩せていたからであろう、なにしろ「水っぽい」シロモノだった。
 飢えるのを怖れて食べたが、これっぽっちも旨いものではなかった。
 量を増やすために芋やカボチャを炊き込んだ粥のような飯は、いまどきの「混ぜご飯」や「かてめし」とは次元が違っていた。

 だから、飢える心配から解放されて食える世の中になると、芋やカボチャには見向きもしないですごした。「パンプキン」なんて外国語で呼んだって(騙されるもんか)であった。

 ところが、恋する年ごろになってひょんなことから、彼女とアツアツの「焼き芋」を半分こして食べたら…これがホクホクで旨い芋だったのだ、信じられなかった。
 その「さつま芋」が「金時芋」。
 ボクが毛嫌いしている間に、品種改良も栽培技術も長足の進歩をとげていたのだった。

 そうして、いまや、野菜でも果物でも、探せば桁違いに「力づよい」底力ともいうべき滋養をもったものが手に入るようになった。
 食べものに感じる力づよさは、そのまま吾が身の活力を約束してくれる…たしかに。
 いまの人、いまの子たちは、もっともっと頭脳明晰であっていいし、ぜひ、そうあってほしい。

 このあいだ食べた赤ピーマンだって、肉厚で旨かった。
 あの味わいを知ってしまうと、ふつうのピーマンはそれこそ顔色を失う。

 ぼくは、美食家ではない。
 「食べ幸人」だ。