どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

食べることの次に身につけたはずの本能が…/   まさか“歩き方”を忘れるとは思わなかった

-No.0460-
★2014年12月25日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 1386日
    (高倉健没から →   45日)
★オリンピック東京まで → 2038日




◆草臥れやすかったワケ

 “速歩”の最中に「あっ」と思った。
「歩き方を忘れてた」
 ことに気づいてしまったのダ。

 手首の使い方で「スナップをきかせる」ということがある。
 同じように、歩くとき、走るときには、足首のスナップをきかせる。
 それで、歩きやすく、草臥れにくいのダ。

 とくに意識して覚えたわけではないし、誰かに教わった記憶もない。
 が、足首スナップをきかせて歩く、あるいは走ることが身についてしまえば(これしかない)。
 ごく自然な動作として受け入れられたものは、忘れようもない…と思っていた。

 それが、かかりつけ医から動脈硬化指摘され、意識して“歩く”ようになってから、歩き疲れるのが早すぎることにナットクがいかなかった。
 運動不足はワカッテいる、体中の筋肉がすでに“貯金”を使い果たして、“借金”が増えるばかりなのも了解してはいる、けれども、歩くくらいまだまだ平気と思っていた。

 (そうではなかった…)ことに気がついても、心がけて運動を積み重ねれば、やがて自然に解消するものとタカをくくっていたのに。
 なかなか思いどおりにならない、自分でも呆れるくらい歩き草臥れやすい、足が重い、筋肉が固くこわばって、ほぐれにくい…ことに悩んでいた。
 (ひどすぎる、もっとマシなはずじゃないか…)

 心筋狭窄の治療を受けたボクの、心臓の血管にはステントという細密な金属製の“風船”が入っている。
 動脈硬化による血管の狭窄は、右の太ももにもあり、そのせいで長く歩くと歩行が乱れ“ヨレ”てくるのダ。
 しかし、それだけではない。

 筋肉も予想以上に衰えていた、ことがハッキリしたから、“筋トレ”ウォークに励んでいるのに。
 あまりにも早く歩き草臥れやすい、呆れるくらいに。
 そんな悶々たる日々をすごすうちに、冒頭の“不意の気づき”にぶちあたってしまったのダ。

 足がペタペタ…“べた足”歩行になっていることに気づいた。
 それで、オソルオソル歩き方に気をつけてみたら…スナップ歩行を思い出せた。
 それにしても…。

 どうしたことか。
 歩き方まで忘れるなんて、ヒドすぎやしないか。

 ぼくが運転免許を取得したのは、1979(昭和54)年。
 それからは、一刻も早く運転をマスターすることに心がけ、すぐ近所の銭湯に行くにも車…というくらい、最初のマイカーを早々に100000Km(メーター1回転)走らさせてタクシードライバーを呆れさせた。
 以来35年、取材に、旅に、入りまわった距離は地球を何周したろうか。

 かわりに、その間に、深刻な運動不足を蓄積してしまっていたのダ。
 ちょっとばかり度が過ぎた、偏りすぎていたことは認めざるをえない、けれども…。

 それにしても、そのせいで歩き方まで忘れるなんて……………。

 70を前にして、いまあらためて“歩き方”を思い出せたばかりの爺っちゃは、黙して憮然。
 慣れないスナップ歩行に足首を草臥れさせながら、リハビリに励む日々なのダ。