どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

皇居乾通り一般公開、天皇〈傘寿〉祝いの彩り/  1週間に35万人超、人混みのなかにボクもいた③

-No.0447-
★2014年12月12日(金曜日)
★《3.11》フクシマから → 1373日
    (高倉健没から →   32日)
★オリンピック東京まで → 2051日










◆寒気清澄好天の12月5日、〈その3〉総集編

 この冬は、早々から寒気団の波状攻撃をうけている日本列島。
 日本海側はもとより、瀬戸内海の徳島県まで雪害に見舞われている。
 東京も冷たい風の日が多いが、そのぶん空がきれいに澄んでもいる。
 寒さに出遅れた、そんな一日、皇居「乾通り一般公開」の3日目。

 地下鉄桜田門の駅に着いたのは10時半頃。
 開門は10時になっていたが、人出の多さ、早朝から列をなす人々に配慮して、30分くりあげられたと聞いていた。
 ホームに降りた人、ほとんどが皇居めあてと、ひとめでわかる。

 桜田門をくぐる頃には、人波が流れになる。
 けれども皇居前広場はあっけらかんと広いから、人々の歩み、早まることもない。
 列をなした人波が先を競って速歩から小走りになる心理、あれは欲もあるが、狭い通路にひしめく圧迫感にもよるのだと、ワカル。

 人波を整理する列の区切りが3つも4つもできていて、人々は行儀よく並んで、そろりそろり…前進していく。
 警備の警官たちも、すべて“DJポリス”ふう。
 手荷物検査も、係官の対応おだやか。
 車椅子など、身体の不自由な人たちに対する気くばりにも徹底している。

 すべてが、民間のレベルとは段がちがう。
 皇室の、ことにも天皇・皇后両陛下に寄せる民衆の親しみの深さをが、その根底にあることを物語り、そこにはとうぜん指示・教導はあろうけれど、無言の配慮がゆきとどいている感がつよい。
 入口の坂下門に歩を進めながら振り仰ぐと、丸ノ内の空にくっきりと、まぶしく白い雲が浮いていた。








◆紅・黄葉にも“血筋”がある…

 乾通りの木々は、すでに冬の装い。
 紅葉のシーズンは艶やかな盛りをすぎていたけれども、どこか他所の紅葉とは“本質”が、いわば“育ち”が違うようであった。
 ふだんの手入れ、整枝剪定もちがえば、自然な造園のくふうにもゆとりがある、にはちがいないのだが…。

 ぼくはふと、歌舞伎役者の家系に感じとる“血筋”を想う。
 皇居の木々の紅・黄葉には、たしかにそんな気配が色濃い。
 つまり、紅葉のアントシアンも、黄葉のカロテナイドも、育ちがチガウ。
 
 「もみじ」は、古代にあってはもっぱら「黄葉」と書き記され、中世以降に「紅葉」が定着したと、聞いたことがある。
 しかも、この「もみじ」には、イロハカエデに代表される「紅葉」、イチョウやイタヤカエデの「黄葉」とのあいだに、「黄赤」というのだろうかオレンジ色をまじえた諧調の妙がある。
 さらに、成熟した「紅葉」には印刷用語でいう「金赤」、赤に黄の輝きをとりこみ昇華させた極みもある。

 このたび皇居の「もみじ」でもっとも印象にのこった樹種は、「楓」の語源〈かえる手〉に近い葉の形をしたトウカエデ(唐楓)。
 そうして、もうひとつはクヌギの「もみじ」。これまで地味だとばかり思っていた葉の黄褐色に、これほどの艶やかさがあるとは気がつかなかった。






◆乾通りを歩いたあと…

 北桔橋門から皇居東御苑をめぐって平川門へと抜けた。
 桃華楽堂わきの植え込みに見つけた熊笹の、緑葉にベージュの〈隈どり〉も、やはり品よく、育ちもよかった。
 時刻は昼どき。

 天皇陛下傘寿(80)の祝い、皇居の晩秋を楽しんだツアー観光の一行は、このあと有名ホテルのランチに舌鼓をうつことになっているらしい。

 ボクは…といえば、ひさしぶりに町の蕎麦屋で燗酒を一献かたむけ、辛味大根の薬味がきいた蕎麦を啜った。

 (この日の人出8万5000、1週間のトータルでは35万をかぞえたという)