どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

「海鼠」と書く「なまこ」、漁師は「走る」という/「寒なまこ」シーズンに想いだすことなど

-No.0428-
★2014年11月23日日曜日、勤労感謝の日
★《3.11》フクシマから → 1354日
    (高倉健没から →   13日)
★オリンピック東京まで → 2070日





◆「寒なまこ」のシーズンになった

 ぼくは、ナマコ漁に連れて行ってもらったことがある。
 西伊豆、土肥の岸近い海底は、石ころが散在するきれいな砂っ原。
 そこにナマコがジッとしていると、石ころとほとんど見分けがつかない。
 “擬態”の一種であろう。

 ベテランの漁師は、左手の箱メガネで海底を覗き見ながら、右手で小舟を微速に操りながら獲物を探っていく。
 どう見分けるのか、尋ねると。
「動くさ、ちょこっと…生きてるからな」
 と、素っ気ない。
「じゃ、見つけさえすれば、もう、こっちのもんですネ」
「いや、それがサ、走るんダ、ナマコは…危ねぇとなりゃ、スッと逃げちまぅ」

 ナマコは棘皮動物で、ウニやヒトデの仲間である。
 背なかに疣、腹には管足、どちらもたくさんあって、浅い海の海底を這ってまわり、一端(頭)から触手を出して餌をあさる。
 触手の真ん中にある口へ砂泥を吸い込み、なかの微生物を食べ、一端(尻)から糞を出す。

 そんな生態のナマコに、忍者みたいに目の前から姿をくらまされると、もう見つからない。
 まさかドロンと消えるわけではなく、魚みたいに泳げるわけでもないから、最初はわが目を疑うばかり、どう考えてもヤツは走って逃げたにちがいないのダ…と。

 だから漁師は、ナマコを見つけると、目は箱メガネから離さずに、手探りで、すばやく突き道具のヤスを右手に持ち替えて、真上から突き捕る…というか挟み捕る。

 ちなみにナマコの習性は、昼間は隠れ、夜動くので、別名を「海のねずみ」。漢字で「海鼠」と書く。やっぱり…すばしこく走るのかも知れない。
 また、水温が16℃以上になると60cmあまりも海底を掘って潜り、夏眠するという変わり種でもあるという。
 秋になるとエンジンがかかり、冬にもっとも盛んに活動するから「寒ナマコ」なのであり、とうぜん味も良い。

 さて。
 捕らえられたナマコは、身を丸く縮め、おとなしく上がってきて、海水を入れた桶に放り込まれる。
 観念したものか、騒ぎもしない。
 ねずみ小僧も捕まってしまえば往生際はいいらしい…というか、そもそもナマコの生きざまというのが、はじめからそんなものなのかも知れない。

 ぼくも箱メガネ体験させてもらったけれど、ついにナマコ発見にいたらず、したがってヤスの出番もなく、そうなると一向におもしろ味のある漁ではなかったが、土産にわけてもらった漁師さんの獲物の寒ナマコは、酢の物にしてコリコリと舌を喜ばせた。

 日本全国の海に棲息するナマコだが、乱獲で資源は激減しているという。
 しかし、考えてみるとナマコなんか、そんなに流行る食べ物ではなかろう気がするのだが。
 そうか、干物という手があったな。

 「なまこ」の古語は「こ」。
 日本でも昔から知られた食品だったが、それも干物として珍重されたもの。後には中華料理の高級材料として、もっぱら交易品にかわっていった。

 加工品を整理してみると。
 「いりこ」(海参・煎海鼠)は、「ほしこ」とも。はらわたをとり茹でて干したもの。形が朝鮮ニンジンに似るので海参。
 「このわた」(海鼠腸)は、はらわたの塩辛。
 「このこ」(海鼠子)は、「くちこ」とも。卵巣を三角の撥形の干した珍味。炙るといっそう香ばしくなる。

 ぼくの食材メモには、こんな書き込みがある。
「<なまこ>は、脂に出会うと表面の疣がとろけてくずれ、本質もやわらかく変化してしまう。だから昔の魚屋はナマコを他の魚と一緒くたにはせず、盤台のなかにはちゃんとナマコ用のバットが用意されていたものでした。バットにはユズの二つ切りが入れてありました。いまはポリ袋がユズの代役をしてくれます。」
「酢の物の作り方は西と東で違い、たいがいのこととは違ってこればかりは東方に軍配。関西では疣を落とし、やわらかくして、厚めのぶつ切り。ナマコ特有の紋様は消され、匂いもぬめりもなくしてしまう。関東は、ナマコの色、斑の紋様はそのままの姿を大切に、疣もそのまま。紙のように薄く切り、縞目が通って透き通るような薄身に柚子酢の匂いを乗せて、舌の上を冷たくひとひらひとひら、すべっていくように作る。西方は、ナマコの表面を磨き、東方は〆て使うところに、この差が生まれると考えます。」
「〆方は、腸を抜き出し、洗って瀬戸引きのボールに入れ、柚子を絞り入れる。それだけ。種も皮も一緒でいい。」
<辰巳浜子『料理歳時記』より>