どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

“アジの開き”に縁遠くなってしまった吾が食卓/ “干物”もいまじゃ保存食から美味佳肴へ

-No.0406-
★2014年11月01日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 1332日
★オリンピック東京まで → 2092日




◆11月になった、朝の食卓に“アジの開き”

 「あれ…まぁ、おひさしぶりぃ」
 ぼくは、思わずつぶやいて、笑みくずれてしまった。
 それほどに、懐かしい対面だった。
 もう何か月も、逢っていないのではないか。

 以前は、よくお目にかかった。
 「きょうも、またかょ」なんてこともあったくらいに。
 東京近辺の町場で、ふつうに「干物」といえば「アジの開き」にきまっていた。
 どこの魚屋の店先にも、無い日はなかった。
 魚屋が、じぶんの店先で開き、干してもいたものだ。

 鮮度の保持に苦労していた時代。
 干物や焼き魚にして売るのは、魚屋のサービスであり、品物を捌く知恵でもあった。
 海辺の旅の土産なんかにも、ずいぶん干物が幅を利かせたものだった。

 だんだんに、世間が“干物”と縁遠くなっていったのは、流通の迅速化と鮮度保持技術のおかげ。
 (もうひとつ“乾物”も縁遠くなってきたが、これは家庭で料理に手間ヒマをかけなくなってきたからだ)
 “ナマ”が、産地から離れた町場なんかでも、“生半可”なものではなくなった。
 
 とくにボクなどは、どんな魚でも「まずナマを味わいたい」ほどの魚好きだから、ほとんど、そのうれしさに目に涙である。
 タラの刺身とか、マンボウの刺身とか、そのほかにもいろいろ、家庭でも味わえるようになったのは、とてもとてもありがたい。
 そのぶん、干物との付き合いが減った。

 ぼくは、旅人。
 若い頃は、どうしたものか…宿の女将や、仲居の姐さんに惚れこんでいたから、なおさらの旅館派。
 宿の朝飯に「干物」は付き物、海苔や生玉子のお友だち。
 だけど、たいがい興醒めに冷めていた。

 その後、どう心得違いしたものか、卓上ミニ火鉢で客に干物を炙らせる宿なんかが現れたりして、想えばあの頃からかな…。
 1泊2食付きの旅館から、1泊朝食付きか素泊りのホテルに、鞍替えが始まった。
 決め手になったのは、ベッドであり、品数ばかりで客を翻弄するがごとき食事であった。

 それならいっそ、近ごろはナビのおかげで地方へ行っても、たいがいスーパーの1軒や2軒は探せるから、惣菜コーナーであれこれ物色するほうが、地元ならではの食材に出逢えることもあったりして、だんぜん愉しい。
 ボクの場合はもちろん、まっさきに鮮魚コーナーを覗いて、佳さそうな“柵”ものを見つけて刺身に引いてもらうのがキマリだ。
 
 そんなこんなで、旅館とも干物とも、近ごろは縁遠い。
 と同時に、“干物”も「こだわり」の高級志向になっていった気がする。
 
 ひさしぶりの“アジの開き”は、文化干し。機械乾燥もの、これはこれでよい。
 けれども、やっぱり、たいせつな風味には欠ける。
 「風味」と書くように、それは風の味わい。
 干物は天日干しにかぎると、ぼくも昔は思っていたが、いまは身焼け・脂焼けのリスクが人肌とかわらないことを心得ている。

 干物は風で干す。水分をとばして乾かす。風の味わいといっていい。
 自然の風は乾燥機につくれない。

 ぼくは、干物づくり用の吊るし網篭を持っているくらいだから、経験でそれがわかる。
 たいがいの店のものより旨い、干物がつくれる。もちろん、一夜干しだ。
 むずかしいのは「一塩もの」だが、これも自然製塩の粗塩が助けてくれる。
 粗塩も、振るより、水塩にして吹きかけるほうが上出来になるようだ。

 干すのは、開きばかりでもない。
 三枚におろし、刺身をとったあとの“あら”も、一夜干しにする。
 そうして翌朝、仕立てた「あら汁」の品の佳さというものは、「ほぅ」とため息の別格ものである。

 ……などといいながら、近ごろは干物づくりの網篭にも、とんと風をあてていないことに気がついた。