どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

こんなことは生まれてはじめて…を繰り返す/    たかだか寿命100年の人間のたわごと

-No.0339-
★2014年08月26日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 1265日
★オリンピック東京まで → 2159日




◆またまた“想定外”、いつだって“想定外”

 広島の土砂崩れ被害の惨状が、救出停滞を繰り返しながら、長く尾を引きそうだ。
 不安定な空模様がつづくかぎり、二次災害の不安を抱えながらの作業は、難航するだろう。
 細かい砂状の土砂が、水で撹拌され薄められた泥水は、降雨のたびにあらゆる隙間を埋めて流れ込み、ますます排除に困難をきわめるに違いない。

 あらためて空撮の映像を凝視しても、溜息のほかなく。
 そんななか、思いだしたように関係者たちからは、またも“想定外”の声がもれ。
 また、追っかけ反証するように、歴史的な“先人からの警鐘”が報道される。
 「ここはむかし悪谷〔あしだに〕と呼ばれていた」というような…。

 行政も、住民も、いま目の醒めたところで、極真剣に将来を考えてみるときではないか。
 「もう繰り返しません」という類の“よまいごと”ほど、人心を萎えさせるものはない。

 泥土と格闘する救援陣、自衛隊・消防隊・警察隊の方々には、いつもながら頭が下がる。
 なかでも、いま“国防・自衛”の重要な岐路の局面に立って、黙々と働く自衛隊員の脳裡に去来するものはナニか、懸命に想像してみる。

 彼らが身にまとっている迷彩服は、明らかに“救助・救援”が主目的ではない。はっきりと“戦略・作戦”用の装備である。
 しかし、あの《3.11》でも、あるいは伊豆大島の土砂災害でも、そのほかあらゆる災害救援場面における自衛隊の働きを、ずっと感謝の念で見つめてきた国民の目には、彼らの迷彩服の意味もまるで違って見えてきているハズなのだ、ということ。

 これはとても、たいせつなコト。
 ここいちばん、しっかりと、考えておきたい。
 考えるのに、カネはかからん、イノチを賭けることもない。