どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

情報を活せるかどうかはヤッパリ人間しだい/  “三角点”から“電子基準点”にかわっても…

-No.0336-
★2014年08月23日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 1262日
★オリンピック東京まで → 2162日

◆中学校の「地理」で「地図」を習った

 (…と思うが、あるいは高校だったかな)
 山道を歩くときには、「尾根」と「沢」に注意することを、教えられた。
 沢には、到達点へのアプローチがしやすいなどの利点もあるが、雨が降れば鉄砲水の怖れなど欠点もあるから、キャンプには水のこない場所を選ぶこと。
 
 住環境についてはその後、本で読んだり、先人の話しを聞いたりして学んだ。
 山裾、川が合流する「落合」と呼ばれるようなところ、水面より低いようなところは危険。
 高圧線の下なんかに家を建てるものではない、など。
 ずいぶん抑制的だったし、先人の知恵は尊重されたものだったけれど。

 科学と経済の成長とともに、この抑制が利かなくなった。
 いつのまにか「今は昔と違うから大丈夫」なことになってしまったわけだが。
 じつは、そんなことはない。

 科学の限界は、すでに20世紀末には明らかになっていたし、経済成長もいま、どうやら終焉のときを迎えているらしい。
 (みんなが大丈夫だろうといっているから、たぶん大丈夫なのだろう)
 なんてまるで根拠のない話しを、信じて疑わないようないまの人たちは、いったいどこが賢いというのだろう。

 (生臭いような異臭がした)
 と、土砂崩れの前兆を察知して避難した人があるいっぽうで、「役場から避難指示がなかったから逃げなかった」人も、あいかわらず多い。
 「ふつうではありえない」災害時に、自分以外のナニを信じるというのか。
 安易に他人に頼ることは、もう、いい加減にしないといけない。

 土地を測量する際の基準点になってきた「三角点」が、あと10年くらいでお役ご免になる見とおしだという。
 地図に親しんだボクには感慨がふかい。
 国土地理院の地形図と三角点は、いつもつよい味方であった。
 それが、全地球測位システムGPS)などの精度が向上したことで、後輩の“電子基準点”に役目をゆずる。

 カーナビGPSの高い性能に信頼感をもっているボクは、これをヨシとする。
 いっぽうで、しかし、三角点の標石や「地理」的な知恵は、それとは別に、命あるかぎり“頼りになる友”でありつづけるに違いないことを、しみじみとありがたく感じてもいる。

 ボクは、気象庁の予報や行政の避難指示を聞く耳はもつ、けれども、いちばんの頼りは自分の判断にゆだねる。
 それで死ぬのであれば、そのときはじめて、(しかたがない)と諦める。