どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

“災害列島”だから「しかたがない」のか/     大きな土砂崩れ被害のヒロシマに想う 

-No.0335-
★2014年08月22日(金曜日)
★《3.11》フクシマから → 1261日
★オリンピック東京まで → 2163日

◆崖に指爪でシガミツキでもしたかのような…

 集中豪雨に見舞われた広島市の、土砂崩れ被害が酷い。
 空撮の広角な映像を観ると、市街地から目一杯に差し伸ばされた宅地化の手指が、後背の山地に噛みつき、しがみついたかのようだ。
 宅地に恵まれない土地柄とはいえ、度を越してスサマジイものがある。
 こんどの災害で命びろいした人のなかには、あらためて(危なっかしいところに住んでいたんだなぁ)と肝を冷やした方も、少なくはないだろう。
 
 崖に手指の爪を立て、懸命に身を支えていたところが、脆くもその支えを失った。
 土砂崩れの爪跡は、みごとにその無理筋をトレースしていた。

 これがはたして、戦後69年のときを経て成長した市民社会のありさまだろうか。
 狭小で山がちな国土ではないか。
 しかも、人口は減少をつづけているのだ。
 無理な宅地化で尊い人命を失いつづけるのは、愚かなことだ。

 “市街化回避区域”が、あってとうぜん。
 “宅地化不可”も、なくてはならない。
 「危険! ここに家建てるな」

 国策というのは、こういう根本的な国民の幸福にためにこそ、あるべきではないのか。