どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

「終戦記念日」には「後の祭」がない/      翌日ぼくのバースデーにはナニものこっていない

-No.0329-
★2014年08月16日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 1255日
★オリンピック東京まで → 2169日

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◆終戦(記念日)の翌日…夏空に“はぐれ雲”が孤高〔たか〕

 きょう16日が、〈カウントダウン爺さん〉のバースデー、かぞえて69回目。
 70回目になる来夏は……。
 《3.11》巡礼のあいまに、広島・長崎、できれば沖縄までの《戦後》巡礼をくわえさせてもらう、つもりでいる。
 (仕切り直し、しましょうか)
 (東北にかぎらない、さまざまな)被災地が、そう呼びかけてくれている。
 仕切り直しから、また別の視点が生まれて来る、こともあるだろう。

 むかしは「数え年」といって、年明け(正月元日)に揃って1つ歳をとる仕来たりがあった。
 (年齢なんてものは、じつは、どうでもいいようなもの、なのだけれども)
 この「数え年」、すでに明治時代にはいまの「満年齢」制になっていたわけだが、ぼくの生まれた戦後すぐも、まだ余韻をのこしていた。
 くどいようだけれど、ぼくのバースデーは、国をあげてなにかと騒々しい記念日の翌日なので、それだけで草臥れてしまって、ドッと疲れが出て毎年かったるい。
 ぼくにとっては、「数え年」のほうがずっと気楽でいい。

 バースデーに草臥れる、理由はもうひとつ。
 その日限り、でしかないこと。
 (いや…正確にいえば)その「前」はまぁいろいろあったりしても、その「後」はパッタリ絶えてなく、ほんとうに「その日限り」。
 じつに冷たい。
 それなら騒ぐな…といいたくもなる。

 じつは、ボク、お祭りだい好き、だからかも知れない。
 祭りは、「本祭当日」だけを楽しめばいい…ってもんじゃない。

 その「当日」に、その「前」とその「後」をふくめた「つながり」にこそ、じつは深い味わいがあり、祭り集う意義もある。
 祭りの「本祭」に、「前夜祭」と「後の祭」があって、はじめて一揃い。
 「後の祭」を「時機おくれの役立たず」などとキメつけてしまったのは後世、半可通どのもアホな仕業で、本来は「祭の翌日、神饌(神様へのお供え)のお下がりを囲んで宴会をする」こと。

 ぼくは青森の「ねぶた」で、祭りの「前」の準備から「祭り本番」、無事にすませた祝いと反省の「後の祭」まで、通して付きあったことがある。
 あれこそが、ほんとうの祭礼参加であったろう。
 数十年を経たいまでも、その感動、余韻の深い味わいは比類ない。
 祭の後の雨にうたれ、張り紙の一部が剥がれた「ねぶた」飾りの、物憂げに寂しげなのも涙がこぼれるほどにヨカッタ。

 「終戦記念日」を「お祭り」とすることに、あるいは渋い顔をする向きもあろうが、祭礼を「非日常の」「特別な」日とすれば、立派に祭りのうちではないか…。

 支離滅裂に、黙祷。