どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

69回目の終戦記念日と二冊の本/        資本主義の終焉と歴史の危機、「自分」の壁

-No.0328-
★2014年08月15日(金曜日)
★《3.11》フクシマから → 1254日
★オリンピック東京まで → 2170日




◆69回目の終戦記念日

 望ましくないことを忘れるために、“時”はあるはずなのだが。
 それは、一代の生涯をもって区切りとするしかないらしい。
 たかが百年かそこいら……されど……。

 どれほど数知れぬ死をもってしても、悔恨を尽くしても。
 なお、同種間の命のやりとり、無限の争闘エスカレート、無くせないとなれば。
 ホモ・サピエンスも、ついに進化の終(執)着。
 滅びる…しか道はないのだろう。
 
 そこに、せめてもの美学はありや。

◆一冊の本、もう一冊の本

 『資本主義の終焉と歴史の危機』(水野和夫著、集英社新書
http://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/0732-a/
を読んだ。
 ぼくが危惧していたとおり、資本主義も民主主義も、もはや次の新たな仕組みへの踏み石(踏み切り?)のとき、らしい。
 (それならそれでいい)ようなものだけれど、(ならばナゼもっとはやくに)その指摘を鋭くしてはくれなかったのか。
 ぼくは残念ながら、経済的に考えるアタマになっていない。
 …からだろうか、これほどの大事を、少なくともこれまで、気づかされずにきた。

 そうして、この本が示唆すること、一読だけではとても消化しきれない。
 再読後に、あらためてボクの考えをまとめてみたいと思う。

 次に手にしたのが…。
 『「自分」の壁』(養老孟志著、新潮新書
http://www.shinchosha.co.jp/book/610576/

 養老さん。世の中に、なんとはなしに居心地のわるさを感じつづけておられるようで、そこはボクと、とてもよく似ています。けっして素直でないところも。
 だけど、ぜ~んぜんチガウ。論理的で、簡潔なところが。
 その養老さんに、「自分とは地図の上にある現在位置の矢印」程度ではないか、と指摘されて、ぼくは年甲斐もなくドキッとしている。
 落ち着かない、くらい、気になる本デス。