どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

サンセット・ビーチの「クラゲ」加茂水族館/  《3.11》2014夏の巡礼・4日目・8月2日

-No.0326-
★2014年08月13日(水曜日)
★《3.11》フクシマから → 1252日
★オリンピック東京まで → 2172日

*12日、日航機墜落から29年“御巣鷹尾根の日”があって、翌日に盂蘭盆被災三陸では“海の盆”)を迎え、都会から地方への道路交通渋滞が話題になる、毎年のことながら…*








◆ひさしぶりの“巡礼”キャンプ2泊

 「いしのまき寺小屋」は、土・日お休み。
 2・3日が連休になり、ひさしぶりに宿泊をキャンプ地に移動、秋保リゾート・森林スポーツ公園にテントを張った。
 “巡礼”中に休日がとれることは珍しい。
 毎度スケジュールは目一杯だし、参加したことのあるボランティア団体には休日制度があったけれども、めぐりあわなかった。
 
 ふと気分をかえたい日も、間々あったが、気もちにゆとりのもちにくい、これまででもあった。
 ともあれ、紆余曲折があっての3年余、さまざまな事情・経緯があって、恵まれた2日の休日は、ありがたかった。

◆日本海へ、鶴岡の加茂水族館へ、クラゲに逢いに

 その1日目に、ぼくらは日本の脊梁山脈を越えて日本海へ。
 やっぱり、欲ばりな旅人だった。

 東北道の仙台郊外から岐れる山形道が、ぼくは好きだ。
 自動車専用道らしくない野趣があり、実際に途中、月山付近に未開通の部分がいまものこる。

 夏休みの休日、目だった家族連れとおぼしきワンボックスカーなどの車列も、その多くは蔵王山麓や寒河江周辺のフィールドへと散って行った。

 そうして鶴岡インターに下りるとき、同志と思われる県外ナンバーの乗用車が5~6台。
 それらの車は、その後も同じルートをたどって、加茂の海水浴場へ。
 日本海の藍が、ギラッとする真夏の陽光をむさぼっていた。
 浜伝いに用意された駐車場は、共用のこの季節だったが、海水浴客をはるかにしのぐ大人数が水族館を訪れていた。

 日本海に臨む規模も小さな水族館が、「廃館の危機をクラゲの展示でのりこえた」近ごろちょっといい話は、NHKのドキュメンタリー放送があったりして、たちまち全国区の人気になった。
 その加茂水族館が、世界一で唯一の「クラゲの水族館」新館を登場させて迎える最初の夏は、熱く盛り上がっていた。

 新館のすぐ脇に、「50年間ありがとうございました」とメッセージの添えられた旧館が、まだのこされてあるのが、ボクには懐かしかった。
 あれはいつのことだったろう…もう記憶も定かではないが、去る遠い日にいちど立ち寄ったことがあり、しかし波荒れる初冬の日本海を背景に、ほかに訪れる人もない侘しげな水族館には、ついに入ってみる気もおこらなかった覚えがあった。

 それが、子どもたちの歓声につつまれ、要所要所には誘導係員まで配置された、この、いまの盛況はどうだ。
 「クラネタリウム」と名付けられた世界のクラゲ展示コーナーは、奥まった館内中枢にあり、さらにそのメインスポットに直径5メートルの、円形水槽「クラゲシアター」が幻想を誘う。
 ミズクラゲ1万匹が揺ら揺ら水の流れに身をまかせている。
 その水槽前に立つ親子の姿、癒しのシルエットがいい…。

 水族館の水槽に見るクラゲには、むかしから一定の人気があった。
 それが時とともに、いちぶ好事家たちの間から広く大衆へと支持を広げていったのには、それなりのワケがあったかと思われる。

 まず、シンプルに美的である。
 そして、スローライフを体現して魅せる。
 単純化されたフォルムのなかに、複雑な生命の機微も透けて見える。
 弱肉強食とか、食物連鎖とか、生きものゆえのなま臭さを感じさせない。
(実際には怖ろしいハンターだったりするけれども…)

 いずれも、いまある人の生きざまを、省みさせる要素だ。
 現実には遠いようでも、望めば近づけそうな境地に見える。
 そのための「海月」、「水母」の揺ら揺ら…。
 
 ぼくたちは、そこに2時間ほどでいて、キャンプに戻った。
 加茂水族館のある海岸は、サンセットビーチとしても名高い。
 ぼくはかつて、湯野浜温泉の宿から眺めた真っ赤に揺らめく夕陽と、真っ直ぐな飛行機雲の白さとの、対照的な風景を想いだしていた。
 そうして、もうひとつには今日、加茂水族館の別の水槽で、凝っとウミガメと見つめ合っていた幼子の表情が、徐々に印象の根を深くしていく心地よさに浸っていた。 




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