どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

“震災遺構”について、ひとつの参考/       広島「原爆ドーム」の耐震工事に想う

-No.0322-
★2014年08月09日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 1248日
★オリンピック東京まで → 2176日


◆きょう8月9日は、長崎原爆の日

 黙祷。
 田上長崎市長の「平和宣言」と、安倍首相の(はっきりいって言行不一致でしかない)挨拶には大きな落差があった。

 先だつ6日の、広島「平和祈念式典」のとき、ぼくは石巻から東北道を帰路の途中、ハンドルを握って心に黙祷…であった。

 その広島「原爆ドーム」にいま、耐震補強工事の悩み…という。
 どういうことか。

 原爆ドーム
 その、そもそもは「広島県物産陳列館」、1915年に完成したレンガ造り3階建て。
 建設からおよそ100年、原爆ドームになってからでも69年だ。
 (よほどしっかりした造り)であったことを、まず想う。

 それでもいま、震度6弱に耐える補強工事の必要に迫られている。
 しかし、破壊された文化財の耐震化は前例がない…。

 原爆ドームには保存技術指導委員会があり、その「耐震対策部会」が工法を検討している、が。
 ①揺れを吸収する装置の取り付けは、もっとも効果的だが、ドーム下の大がかりな掘り下げは難しい。
 ②壁などに補強の炭素繊維を巻きつけるのは、平和を祈念するシンボルとしての尊厳性になじまない、との声がある。
 ③建物内部に鋼材をあてて補強する方法も有力だが、破壊された建物には強度のバラつきが大きいので、補強の程度を判定しにくい。

 さらに、他部会の委員からは「工事するにしても最低限の補強でいい」とする意見もある。
 それは、ドーム内の瓦礫のなかにはいまも遺骨が埋まっており、いってみれば被爆者のお墓だから、という。

 ボク、思うに…。
 『千の風になって』という歌にもあったように、亡くなった人の魂は墓の下にはいない。
 また、遺骨で埋もれている方々の想いにしても、ドームがしっかり地震の強い揺れに耐え、万が一にも後世の人たちに危害をもたらすことのないようにしてほしい…のではないか。

 いずれにしても、ナニをするにしても、簡単なことではない。
 原爆ドームは、いうまでもなく“世界遺産”である。
 また、その“永久保存”を広島市議会が決議したとき、保存費用の一切は寄付金によることが定められてもいる。

 関係者にとっては、そのひとつひとつが、とてもとても、たいへんなこと。

 いま東北の沿岸各地で、《3.11》の“震災遺構”保存が考えられ、実行に移されつつあるときに、この原爆ドーム耐震工事のことは、おおいに参考にされていい。
 現在や近い将来ばかりではない遠い将来にもわたって、しっかりした意志の集いと継承がなければ、けっしていい結果にはならないだろう。

 ぼく自身は、結局(遺るものだけが遺ることになるのだろう)と思っている。
 つめたい気もちからではない、中途半端な保存運動が時を経て、みじめな姿を衆人に晒すことになるのは哀しすぎるから…。

*写真は、“震災遺構”保存されることになっている大川小学校跡(石巻市)。