どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

“蚊やり”くゆる縁側に団扇…の季節なつかし/   国産除虫菊の蚊取り線香、和歌山で復活

-No.0304-
★2014年07月22日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 1230日
★オリンピック東京まで → 2194日




打ち水、すだれ、縁側、団扇に蚊やり

 蚊取り線香の季節になった。
 あの、なんとも悠長にくゆる煙が、なんともいえない。
 いまは「シュッ」とひと吹きの時代、姿を消して久しい家庭が多かろう。
 ぼくの家では、いまも蚊取り線香が健在。
 “蚊やり”の線香立て、昔は口をあんぐり開けた素焼きのブタ、愛嬌のある煙をくゆらせた。いまは、さまざまに工夫されたデザインもある…けれど、家では大きめの平皿に、線香に付いてくるカネの線香立て、これがイチバン。

 蚊取り線香と、好一対なのが団扇。
 打ち水をし、簾を下げた縁側で、蚊取り線香をくゆらせ、竹骨に和紙貼りの団扇をつかう。
 団扇のおとなしやかな風が、線香の煙を部屋へと薄く靡かせる。
 ウチワはあっても、いまはプラスチック骨にテカテカ洋紙のノベルティーものばっかり、煽ぎ方もバタバタ風情もけしとぶ。
 (焼き鳥屋じゃないんダぜ)

 とまれ、どうあれ、蚊取り線香がいまも生きのこっていることに、ホッとする。
 ちなみに、殺虫剤市場に占める蚊取り線香の割合は10%程度だそうだ。
 その蚊取り線香、もうずっと以前からキンチョウ(金鳥)の天下。渦巻き線香の生みの親でもある。
 社名は大日本除虫菊で、もともとは生花の「除虫菊」が原料だったが、有効成分ピレトリンの化学合成に成功してからは生花原料が廃れ、国内生産も絶えた。
 

 除虫菊(庭花としては近所でも鑑賞されていた)のことが気になりだしたのは、環境汚染や有害化学物質の課題に直面しはじめてからだった。
 人間しようのないもので、まず気がむくのは食べもの、それからだんだんに、他の生活物資にも注意がいくようになる。

 探してみれば、除虫菊の蚊取り線香はあったけれども、原料は国産ではなかった。

 復活したのは、2013年5月、和歌山県有田市、㈱石井除虫菊工業所☎0737-83-3201。
 かつては化学原料品の下請けだった会社が、ホンモノ志向で再生に賭けた。

 2巻1セットの“渦巻き蚊取り”、外してみると製法が想像できる。材料がまだ柔らかいうちに型抜き、それから乾燥させる。
 茶色(よく見られる緑色のは昔は松葉、いまは染料で着色)の完成品、火を点〔とぼ〕すと、草いきれに似た薫りがして、やっぱり薬品臭とはちがっていた。

◆“渦巻き蚊取り”と“ねずみ花火”

 いよいよ花火の季節でもある。
 最近はますます、豪勢な打ち上げ花火大会の目白押しだが、子どもたちの“遊び花火”人気も健在だ。

 渦巻き蚊取りが〈静〉の世界なら、花火遊びは昂奮かぎりない〈動〉の世界。
 男の子たち(ガキども)にとっては、線香花火なんて「女っぽくて」邪魔くさい、なんたって、ねずみ花火にドキドキだった。
 
 火薬を包みこんで袋紐状にしたのを、蚊取りのような渦巻きにした、ただそれだけの花火だったが、動きの鋭さが意想外の傑作花火であった。
 地面に置いて火を付けただけでも、クルクルッと躍り上がって転がりだしたし、ちょいと放り投げてやればオモシロいように駆けずりまわった。
 不思議と、逃げる子の後を追いかけるクセがあるように見えたのは、もちろん気のせい。

 はじめは、ねずみ花火の巻きも大きく、パフォーマンスも派手であった。
 けれども、ボクらの校区では“味噌っかす”が火傷することがあってから、投げて遊ぶのは禁止、ついには安全策で巻きが小さくなった。
 とうぜん、まるで面白味がなくなって、ボクらは“ねずみ花火”を卒業…させられることになった。