どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

台風“特別警報”に惑わされるニッポンの防災/   どうして“自守・自助”の心もちになれないのか

-No.0295-
★2014年07月13日日曜日
★《3.11》フクシマから → 1221日
★オリンピック東京まで → 2203日




◆“台風一過”の夏空に想う

 ことし2014年、梅雨時の日本列島を騒がせた、鳴り物入りの超大型台風8号。
 結果は、「被害がたいしたことなくてヨカッタ」のだが、それにしても、後世に語り継がれるだろう課題ものこした。

 まず、「天気予報にベッタリ頼るな」。
 大島の土石流災害があってから改革された制度のもと、台風関連では初の「特別警報」が発令され、全国民こぞって身構えたのだった…けれど。
 ざんねんでした、「空振り」だった。
 「これまでに経験したことのない」マトはずれであった。

 台風発達の規模、予測が過度にすぎたために、一部地域を除けばみごとに「肩すかし」を喰らった。
 いったん「暴風」の「特別警報」が解除されたと思ったら、間もなく、こんどは「大雨」の「特別警報」が追っかけて来て、沖縄は混乱させられた。
 天気にかぎらない、いったん途切れてしまった緊張感をとりもどすことは至難である。

 しかし……。
 そういいながら、ボク自身、こんどの「特別警報」には案外に思い入れが強かったらしくて、難なく過ぎ去ったいま抱かされる深い失望感に、とまどっている。
 (心ならずも、そんなにも信じてしまったか)
 だって、そうじゃないか。
 「天気予報があたらない」と嘆いていたのが、ついこのあいだまでのこと。
 それが、民間予報会社のサービス合戦や、テレビでは人気“気象予報士”の登場なんかもあったりして、気がつけばいつのまにか、信心にちかくまでなっていたなんて。
 気象の科学にしたって、さほど精度が高くなってはいない。

 台風本体の動きにばかり気をとられていたら、(これも台風の影響とかだが)別の梅雨前線周辺で被害が相次いだ。
 木曽谷では、鉄砲水(土石流)で中学生の命が失われた。
 「蛇ぬけ」と呼ばれ、また「水が抜けた」ともいって、このあたりで土砂崩れ・土石流は珍しいことではなかった。
 木曽谷は、島崎藤村『夜明け前』の頃から変わらず狭まった谷筋の“山の中”であり、往時の宿場町を偲んで歩く旅人たちの目にも、怖ろしいまでに山高く谷深かった。

 この過酷な地理環境に住み暮らす人たちは、自然がもたらす災いにキマリやカギリはなく、「経験はあくまでも経験にすぎない」ことも知っていたはずなのに…。
 やっぱり「こんなのは初めて」とか、「いままでにはなかった」とか、「これくらい(の雨)で抜けるなんて」とか。

 たしかにこんどの場合は、奥山に集中した豪雨による思わぬこと、とはいえ、気の緩みにはちがいない。
(大自然を相手に、気ままな人の勝手で都合のいい思いこみなど、通じるはずもない)
 なんの根拠もない「自分(あるいはココ)だけはだいじょうぶだろう」という、警戒放棄だ。

 公の立場でいえば、ここでもやはり「想定範囲」の話しになる。
 それはいつもギリギリの最低線で、全村壊滅ほどの非常事態はけっして想定されない。

 ぼくたちニッポン人は、あの原発爆発をも含む2011《3.11》で、そうした過去の不遜さ、人間の思い上がりと利便への甘えに、こんどこそ気がついたはずだった。
 「はっきりと目が醒めた」はずではなかったか。

 ざんねんながら、その後も絶えることなく繰り返される災害のたびに、「こんどの場合は」という条件をつけてナットクすることで、根本の問題は先おくりしてきた。

 また、ひとつ、「こんどの場合は」の経験が積み重ねられ。
 しかし、それは、とどのつまり、そのときかぎりで「忘れられる」。