どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

“新”国立競技場をどうする…迷走/        審査委員たちは“視察”“下見”をしたのか

-No.0293-
★2014年07月11日(金曜日)
★《3.11》フクシマから → 1219日
★オリンピック東京まで → 2205日







〈参考記事〉
*2013年6月12日「悩ましい新国立競技場http://blog.hatena.ne.jp/sashimi-fish1/draft-scat.hatenablog.com/edit?entry=12921228815713651264
*-No.0235-2014年5月14日「熱き昂奮も感動も…かならずしも大きさにはよらない/国立競技場は〈新〉か〈改修〉か」http://blog.hatena.ne.jp/sashimi-fish1/draft-scat.hatenablog.com/edit?entry=12921228815723877094

◆ “新”国立競技場をどうするか

 ……をめぐって、迷走がつづく。
 日本スポーツ振興センター(JSC)が、“新”国立に異論・反論を唱える建築専門家などの人たちに対して「説明会」を開く、というので。重い腰をやっと上げたと思ったら、その場はあくまでも「非公開だ」という。
 だ~い好きな「秘密会」。〈カタチだけにして、あとはフタをする〉見え見えのやり口に、参加要請を受けた方々の一部が反発、「辞退」の醜態をさらした。

 もっとも、JSC側に「醜態」の認識などなかろう。
 最初からそのつもり、ヤルことはヤッタ。
 説明会は7月5日にあったはずだが、その動静は知れない。

 なにしろ、ご都合主義〈イイトコだけ〉の情報公開は、完璧なまでの“お上”気どり。
 「いちいちお伺いをたてたりしてたらコトが進まん」のは、まぁ、ワカランでもないが…。
 しかし、実際のところ「煙幕ひろげて、知らん顔」の常套手段できたばっかりに、もはや本性すっかり見透かされてしまったいまとなってはどうにもならぬ、それさえもワカラナイらしい。

 7月9日(水)の東京新聞に、国際デザインコンペ最終選考「審査委員会」の議事録問題がとりあげられた。いまごろになって、同紙の情報公開請求に応じたのだという。
 (もういいだろう、あとはなんとかこのまま、押し通せ)ということか。

 同紙の〈議事録解説〉によれば、応募全46作品のなかから11作品に絞った二次審査で、互角・拮抗の評価を得た3作品に絞られた。
 この3作品は、一次審査のときから高評価だったというから、まずは妥当。
 決選投票でも、3作品のポイントは同点。よくあることだ。

 選考は難航。
 「議長(委員長)がとりまとめを」もとめられた安藤忠雄さんが妹島作品(日本)を外し、リチャードソン(オーストラリア)作品とハディド(イギリス)作品に絞った上で、最終的にはハディド作品が採用された。選考の決着をいそぐ過程では、これも(まぁ)なくはないが…。
 安藤委員長は、採用の決め手を「日本の技術力のチャレンジ」としたそうだが、ぼくは、そこは、本心は違うと思う。
 「インパクトがあって、目だって、滅茶おもしろい」からだ。
 それでいいのに、なぜか素直でない。かっこつけたって、名声欲の建築家にとってはなにしろ「めだつ」ことが至上命題であることは、とっくに皆んな知っている。

 ちなみに、この決選3作品はJSCのホームページで観ることができる。
 あらためて閲覧すると、3作品にはそれぞれに、決戦にのこるだけのモノがある。
 ただ、ぼくが二者択一にするなら、ハディト作品と妹島作品になる。
 前者がインパクトで目だつなら、後者はシックリと環境に馴染もうとする。

 3作品にしぼられた時点で経過公開していたら、話題沸騰のいい勝負になったにちがいない。
 結果は同じ、ハディト作品におちついていたかも知れないし、その場合にしたって国家プロジェクトとしての、それこそインパクトがまるでちがうではないか。
 なぜ、好んでコトをヤヤコシクするのか、気が知れない。

 選考にあたった審査委員についても、ひとこと。
 方々は審査にあたって、あらためて国立競技場周辺を視察されたのであろうか。またJSCは、審査委員たちにその〈たいせつ〉なことを要請したのであろうか。
 そんなことは本来あたりまえ、だけれど、近ごろはどうも、そのアタリマエなことさえ怪しい世の中だから、確かめておきたい。

 ある委員の方は「絵画館の前からスタジアムがどう見えるのか歩いたが、(最終候補の)どの案を採用しても景観上は邪魔」と、述べられたという。
 意見の内容は別として、これがアタリマエの姿勢ではないのか。
 おなじことは、応募作品の作者たちにもいえる。皆さん、競技場の立地環境くらい、ちゃんと現場で確認なさったんでしょうネ。
 国家プロジェクトは、絵空事ではすまされない。

 JSCの「これで幕引き」に「待った」をかけられるのは、もう、舛添東京都知事のほかにない。
 「国の担当」などと逃げ腰にならず、他の競技場施設の「見直し」と同様に、少なくとも開催都市首長としての見解を述べてほしい。
 オリンピックのメイン会場と他の関連施設との間に、明確な意志の疎通がない〈てんでん-ばらばら〉はナサケナイ。