どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

「いしのまき寺小屋」の講演会があった/     文京シビックセンターに社会人や学生が集った

-No.0284-
★2014年07月02日(水曜日)
★《3.11》フクシマから → 1210日
★オリンピック東京まで → 2214日









◆《3.11》に学び、今後に備える

 6月30日の日曜日。
 休日の行楽客でにぎわう後楽園の傍、文京区役所のあるシビックセンター26階のスカイホールで、講演会というか、有志の集う勉強会があった。
 主催は「災害に備えた学びの場」、医療ソーシャルワーカー社会福祉士の方が代表をつとめる。
 “語り手”は「東日本大震災圏域創生NPOセンター」(石巻市)代表の高橋信行さんと、事務局長の太田美智子さん。
 (このブログの-No.263-6月11日記事で既報 http://blog.hatena.ne.jp/sashimi-fish1/draft-scat.hatenablog.com/edit?entry=12921228815725453800

 東京で災害支援活動に協力する人々の輪が、〈宮城県石巻市被災地の人々に寄り添う活動にあたり、その支援の中心に将来の担い手である子どもたちを据えてささえる方々〉から、被災体験に学ぶお話しを聞き、今後に備えようという会。
 高橋さん・太田さんたちが活動し、子どもたちの集う「いしのまき寺小屋」がその拠点だから、体験のお話しは〈寺小屋と避難所・仮設住宅からの報告〉といっていい。
 これで2回目、継続の計画もすでにある。

 集ったのは、呼びかけに賛同する社会人と、福祉を学ぶ学生たち。
 会場の文京シビックセンター、26階スカイホールの1階下、展望ラウンジからはこの日、大都会の密集風景が夏空のもとに展開していた。
 正直いって、この風景から、災害時、未曾有の大混乱を想像することは難しく、それだけに現実になったその時、想像を絶する惨状を想えば畏怖せざるをえない…。

 “語り手”のお話しに紹介される子どもたちは、とても健気だ。
 きのうまでの現代っ子たちが、《3.11》後の世の中、大人たちの苦衷に直面して、ほんらいの健気さをとりもどした、といっていい。
 ぼくたち夫婦も、アノ日からつづく巡礼の日々、子どもたちのそうした姿を被災地のあちこちに垣間見てきた。けれども、じつをいえば、それはかぎられた数でしかなかった。
 健気な子らは、避難所でも仮設住宅でも控えめに我慢し、大人(親)たちのことを慮って口数も少なかったからだ。

 《3.11》巡礼も3年目を迎えて、ぼくたちのスタンスも「子どもたちのこと」へとシフトしてきた。
 この夏8月のはじめ(4・5の2日間)に、「いしのまき寺小屋」の子どもたちと、木工・自由工作のワークショップをこころみる。
 その前(7月31日・8月1日)に、石巻の「川開き祭り」がある。
 子どもたちもハシャギたくてウズウズしている、そんなお祭りの日の表情にもふれてみたい。

 《3.11》は、ニッポンのボランティアの今後にも、大きな試金石となった。
 力を集めて活動する諸団体に期して、立場も都合もさまざまな個人たちはどう参画していったらいいのか。ぼくが勝手に名付けた「すきま支援」の、〈カタチ緩やか・気もちガッチリ〉のグループ・ワーク隊がいっぱいできてほしい。
 
 ボランティア・ワークを通じて知れてきたこともある。
 気もちも体力も充実した若者たちが、とっかかりの人間関係、コミュニケーションの取り方に悩んでいる。いっぽう、体力にかげりの見えてきた熟年層には、かわりに対人コミュニケーションで世の中をわたってきた経験がある。
 この間の、うまい橋渡しができればいい。

 (この“学びの場”の会を終える頃、不安定な大気の異変から大都会には雷鳴が響き、局所的な豪雨に見舞われた)