どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

ふたたび…気になる「白内障」ついて/     “疲れ目”を自覚する人は少なくない

-No.0281-
★2014年06月29日日曜日
★《3.11》フクシマから → 1207日
★オリンピック東京まで → 2217日




◆“白内障”に意外な関心の高さ

 No.276(6月24日)家のかみさんの「白内障手術」の記事http://blog.hatena.ne.jp/sashimi-fish1/draft-scat.hatenablog.com/edit?entry=12921228815726395409に、いろいろな方から、お見舞い方々のメッセージをいただいた。
 すでに経験した方が多かったのはとうぜんだけれど、親や友人知人の体験談から、吾が身にも遠からずふりかかることと、思いきわめている方も少なくない。

 経験談では、家のかみさんと同じく、白がきわだって「きれいに白く」見えたという感想が多く、花の色や鳥の羽色の鮮やかさにあらためて気づかされた…という方は、少なかった。
 これは思うに、手術のあと眼帯がとれたとき、まっさきに目に入るものが医師や看護師の白衣であったり、病院の白壁であったり、病室のカーテンであったりだったからではないか。

 また、白内障に気づく自覚症状というのが、「視覚が濁る」「見えてもハッキリしない」など、〈色覚〉よりもまず〈識別〉であり、〈色調や色彩〉なんかよりもまずは〈澄明〉、つまり〈明白〉に見えることが重要であるからだろう。
 それに、あらためて色彩に感動するのは時間的にも少し先のことになるから、かもしれない。
 
「わたし、こんなに皺が多かったのかしら」
 と、ビックリしていたお祖母さんのことを、微笑ましく想いだす人。
 連れ合い(夫)の頭の白髪が急に多くなった(一気に年とった)ように見えた、と笑う人。
 孫の肌の色が浅黒いとばかり思っていたら眼のせいだったワ、と首をすくめる人。
 家じゅうの汚れや周囲の欠点がやたら目について、コマッテしまった人…などなど。
 いずれの場合も、自分のことよりも先に他人のこと、身のまわりのことが気になっているところが、なんともニンゲンらしくはある。
 
 女性に多い白内障だが、男性でも気にかけている人が思ったより多くて、ドライアイやそのほか、ストレス社会に生きる現代人ならではの“疲れ目”事情が窺える。
 そもそも白内障の原因はコレと、つきとめられているわけではなく、ただ加齢とさまざまなストレスの積み重ねによるのだろう、と推測されているにすぎないらしい。

 実際、かみさんのカルテに書かれていた病名は「初老性白内障」、ボクは思わず笑ってしまったわけだけれど。医師にいわせれば、熟年層に達した人のほとんどが白内障もちといってよく(だから加齢を特別な理由にはできない)、すべての人に手術が必要になるわけでもないのだ、と。

 したがって…。
 白内障、手術結果の素晴らしさにおどろきのあまり、うちのかみさんみたいに、まだ自覚症状のない人にまで「手術を勧めるなどトンデモナイ」ことになる。
 たとえ、いくらか不調気味ではあっても、生来生得の器官に優るものなし、ということなのだった。

 また、患者数も手術例も多くほとんどいまは問題なくなっている「白内障」にくらべ、視神経細胞の死滅が原因の「緑内障」の場合には、失明にいたるおそれもあるほどの難しい病といってよく、まだまだ、執刀医(の知識・経験・技量)による差が大きいのだそうである。