どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

国の重文から世界遺産へ…富岡製糸場/      物見高さもゼーンゼン格がチガウようだ

-No.0264-
★2014年06月12日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 1190日
★オリンピック東京まで → 2234日






◆これからずいぶん金がかかりそう

 5月、月末の金曜日。
 信州へでかけた折りに、富岡製糸場に寄ってみた。
 (教科書で教わったところに行ってきました)という感じで…。

 しかし、タイシタモン、だった。
 家をでる時の(たぶん…ね)が、富岡市街に入ると(きっと…ね)となり、目的地に着いてたときには(やっぱり…ね)になっていた。
 
 富岡という町が、もとより観光向けにできていないから、駐車スペースがたりない。
 おまけに、観光バスから繰り出す見物衆がハンパじゃない。
 これまでは国の「史跡」であり「重要文化財」でもあったが、まぁ(教科書のネ)だから、人出も多寡が知れていたけれど、なんたってこんどは「世界遺産」である。

 門内に入ると、団体さんがあちこちに群れをなして、その中心にガイドさんがいる。
 ボランティアだろうか。ちょっと聞き耳をたててみると、真面目というか、説明が長い、諄い、面白みがない。だから集まってはいても、半分ほどは聞いてもいない。
 小学生の一団なんか、すっかり飽きちゃって座り込んでる始末だ。

 このさい申し上げておきたい…と思う。
 どこでも見られる光景ながら、これはナントカしてほしい。たとえボランティアであっても、もう少しガイドのレベルをあげてくれないと、どうにもならない。
 




 赤レンガの建物は、明治維新、文明開化の象徴で、格調と趣きがあっていい。
 “シルク”の館、マニュファクチャーの始まり、日本髪に袴姿の女工たち…。
 時代を先駆けた当時の香りもする。

 しかし、古いな。とうぜんのことながら、すべてが古びて、あちこちに歪みがあらわれ、いたるところに綻びがめだつ。
 見る人が見ればワカル価値ではあろう…が、それを衆目にナットクさせるには智慧も工夫もいる。
 (こりゃ、これからがタイヘンだな、ずいぶんと金がかかりそうだ)

 1972年のユネスコ総会で成立した世界遺産条約に基づき、〈世界的な価値を認められたもの〉である。無事「登録」となれば、修復・維持・管理・運営などに多額な費用を要する。 




 あまり表だってとりあげられる話ではないが、世界遺産の費用面を担うものとしては「世界遺産基金」があり、各条約締約国からの拠出金で運営されている。
 日本の場合は年に、分担金300万ドル+任意金100万ドル、計400万ドルという。
 (文化国家?の日本だから基金拠出額はもちろんトップクラスだ)

 それはそれとして…。
 世界遺産ともなれば、もろもろ不可欠な費用の、ほとんどすべては当事国で賄う。
 すでに、かなりの登録数にのぼる世界遺産の今後について、そろそろ冷静な判断と熟慮が求められる時かと思う。

 ケチでいうんじゃない、優先順位ということだ。
 世界が一つになってなすべき緊急ごとは、ホカにある。






*写真=上段、(左)富岡製糸場入口、(右上)は蚕=かいこ、(右下)は繭=まゆ*
*写真=中段、(左)東繭倉庫入口上「明治五年」の標示、(右上)は西繭倉庫、(右下)は女工たちの寄宿舎入口*
*写真=下段、(上右)繰糸場内部、(上右)糸巻オブジェ、(下4枚)は昭和40年代以降に設置された自動繰糸機*