どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

“BRT”でようやく繋がった南三陸/《3.11》2014春の巡礼・11日目(補遺)

-No.0240-
★2014年05月19日(月曜日)
★《3.11》フクシマから → 1166日
★オリンピック東京まで → 2258日







◆「お猿のかごや」だホイサッサ

 大船渡から釜石へと抜ける浜街道(国道45号)の途中に、深い谷があって、そこに1年半くらい前から、珍奇な架橋風景が見られた。
 「谷渡し」なのだが、なんと呼ぶのだろう、ちょっと変わった工法だった。
 左右から、たがいに手を伸ばして繋がろうとしている、その先端が箱のようになっていて、「見て見て」といわんばかり。
 「お猿のかごやだ ホイサッサ」に見える。
 三陸自動車道が北へと延びて行くらしい。

 三陸鉄道南リアス線、盛-吉浜間21.6kmが復旧したのは2013年4月。
 およそ2年ぶりになる開通後の吉浜駅を、ぼくもその春に訪ねていた。
 列車の運行再開といっても、とうぶん吉浜は折り返し駅。
 次の唐丹駅からが釜石市になる。

 地元では、「吉浜」を「きっぴん」と弾むように読ませて若者ウケをねらっているらしい。
 しかし、浜が海水浴場の賑わいをとりもどすまでには、もう少し時間がかかりそうだった。
 整備工事を見守る道端には、石川啄木の歌碑。
  「潮かをる 北の浜辺の 砂山の
    かの浜バラよ 今年も咲けるや」

 (南リアス線はその後、吉浜-釜石間15kmがこの2014春の復旧で全線開通、北リアス線の全通とあわせて祝いの春を迎えた)

 南リアス線の始発駅「盛」を訪ねると、“白地に桜花”が明るく映える車両があって、これが無事に津波の難をのがれた1両。化粧をなおした。
 あとの被災で失われた3両は、クウェート政府からの資金援助で新車両が導入されている。

 盛駅には、隣りあって駅舎が二つ。三陸鉄道南リアス線とJR大船渡線
 JRの方の盛駅には、バス停ができていた。
 
 津波被害甚大で復旧ままならない鉄道に替えて、「バス高速輸送システム(BRT)」で利用客の足を確保しようというわけである。
 東北本線一ノ関駅まで。
 途中、気仙沼駅で接続する気仙沼線の方がひと足先に2012年8月にBRT運行をスタートさせている。それを追いかけるかたちで、大船渡線のBRT運行は2013年3月から。

 BRTのメリットは、一部区間、元の鉄道路盤を舗装し“バス専用道路”とすることで、一般道にありがちな渋滞をいくらかでも回避できること。
 市内にある“バス専用道路”を見ると、「コレはいいかも知れない」と思えた。

 JRではとりあえず、BRTは暫定措置としているようだが…。
 なにしろ沿岸部の鉄路はズタズタ、壊滅的であること。
 (それにしても…三陸鉄道復旧はヨクヤッタな)
 これから先の住民減、利用客減を考えると、あるいはこのままBRTで行くことになるかも知れない気もする。
 鉄道の信頼感にくらべるとものたりない…が、やむをえないだろう。

 ところで……。
 この三陸一帯でよく知られたお菓子に「かもめの玉子」というのがある。
 以前から知ってはいたが、親しくなったのは《3.11》後。
 さいとう製菓は大船渡市に本社を置く。

 市の有志によって開設されたという「大船渡津波伝承館」が、同製菓の工場内にできたというので行ってみた。2013年春のことだった。
 たまたま、その日は日曜日。
 「休館」覚悟で訪ねたら、たまたま出社しておられた責任者の方の好意で、拝見できた。

 〈あなたに助かってほしいから〉というテーマの展示は、《3.11》大船渡のドキュメント映像を中心に、災害への備えを伝え知らせる内容。
 丁寧に案内してくださった方がじつは、「さいとう製菓」の専務さんであった。
 「かもめの玉子」も、会社とともに、いちはやく被災から立ち上がっていた。








*写真=上段、(上)は吉浜付近の谷に架かる橋梁工事2013年夏、(中左)は 復旧した吉浜駅・このときはまだ折り返し駅2013年春、(中右)は吉浜海水浴場・左端は石川啄木歌碑2013年春、(下)は盛駅南リアス線車両2013年春*
*写真=下段、(上)は賀茂神社から大船渡市街2013年春、(下左)はJR大船渡線大船渡駅2012年春、(下右2枚)はBRT大船渡線のバス専用道路2013年春*